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概  論



 本論文は、有機溶媒中に分散させた磁性粒子の分散安定性について、実験、および理論の両面から研究した結果をまとめたものである。特に、磁気記録媒体の製造に用いられる磁性塗料を念頭に置き、現実の磁性塗料に準じた実用的な材料、および組成で分散液の調製、評価を行なった点が特徴である1),2)。具体的には、針状3)または板状4)の強磁性粒子が、バインダー樹脂(エポキシ樹脂)を溶解した有機溶媒中に極めて高い濃度で分散したものであり1)、一般的に解釈しやすい球形粒子の水中希薄分散系とは全く異質の分散系であると言える。
 磁性粒子は、その磁性に起因する強い凝集力のため、一般に非磁性粒子と同じ条件下では良好な分散状態は得られず、特に濃厚分散系では凝集傾向が顕著になる1),5),6)。そこで磁性粒子表面に吸着させたバインダー樹脂の立体反発力によって粒子の凝集を防止することを目的として7),8)、磁気記録媒体用の磁性塗料では、Fig.1に示すような独特の分散工程が経験的に採用されている9)。本論文の前半では、このような分散工程において、樹脂の吸着がどのように進行しているか、また吸着樹脂はどのような状態になっているかを詳細に検討した。その結果、エポキシ樹脂が磁性粒子表面に化学吸着していること、および樹脂の吸着には、磁性粒子凝集塊を破壊する機械的応力と、樹脂-磁性粒子間に化学結合を形成させるための熱エネルギーが必要であることが明らかになった10),11)。さらに、樹脂だけでなく吸着層に取り込まれた溶媒も考慮した解析法を適用することで、液中での吸着層の膜厚など、より正確な吸着状態の評価が可能になった点が注目される12)
 本論文の後半では、前半で得られた知見を基に、磁性粒子分散系の流動性の解析と、粒子の分散・凝集についての理論的な解析を行なっている。磁性粒子分散液の流動性は、樹脂吸着層の状態に大きく影響される。そこで、実測された吸着層の膜厚から吸着層も含めた粒子の実効体積を算出し、磁性粒子分散液の流動性を解析したところ、粘度や降伏値が実効体積に強く依存することが判明した13)。この事実は以前から指摘されているが14)、実効体積が実測された系で確認できた意義は大きい。粒子の分散・凝集の理論的な解析においても、樹脂吸着層に関する正確な情報があれば、任意パラメーターが無くなり、解析結果が非常に現実味を帯びてくる15-19)。本研究では、実測された吸着層のデータを用いて立体反発力を計算し、磁気的な相互作用力と比較することで、様々な条件下での粒子の分散・凝集現象を半定量的に解析した20),21)。計算には非常に単純化されたモデルを用いているが、計算結果と実験結果は十分に対応が取れるものである。
 以上のような研究成果は、磁性粒子分散系の基礎的な解釈だけでなく、磁気記録媒体用磁性塗料のような実用的な系への適用が可能であり、記録媒体の特性向上に寄与し得るものである22)

fig01

Fig.1 Preparation process of practical magnetic paint
for magnetic recording media.9)



文  献

1)赤城元男, "分散・凝集の解明と応用技術", p505, 北原文雄 編, テクノシステム (1992)
2)"磁性材料の開発と磁性粉の高分散化技術", 総合技術センター (1982)
3)富永匡昭, "磁気記録媒体総合資料集", p31, 松本光功 編, 総合電子出版社 (1985)
4)K.Kubo, T.Ido and H.Yokoyama, IEEE Trans. Magn., MAG-18, 1122 (1982)
5)P.C.Scholten, "Thermomechanics of Magnetic Fluids", p1, B.Berkovsky, Hemisphere, Washington
6)P.C.Scholten, J. Magn. Magn. Mater., 39, 99 (1983)
7)角谷賢二, 中前勝彦, 渡谷誠治, 端山文忠, 松本恒隆, 高分子論文集, 37, 49 (1980)
8)角谷賢二, 秦井俊明, 中前勝彦, 松本恒隆, 高分子論文集, 38, 139 (1981)
9)公開特許公報 昭63-4422
10)H.Inoue, H.Fukke and M.Katsumoto, J. Colloid Interface Sci., 148, 533 (1992)
11)H.Inoue, H.Fukke, M.Akagi and M.Katsumoto, J. Magn. Magn. Mater., 118, 263 (1993)
12)H.Inoue, H.Fukke, M.Katsumoto and K.Konno, J. Colloid Interface Sci., 138, 92 (1990)
13)H.Inoue and M.Katsumoto, J. Magn. Magn. Mater., 125, 377 (1993)
14)韓 基洙, 増子 徹, 第34回レオロジー討論会 講演予稿集, 201 (1986)
15)E.W.Fischer, Kolloid Z, 160, 120 (1958)
16)E.L.Mackor, J. Colloid Sci., 6, 492 (1951)
17)D.H.Napper, J. Colloid Interface Sci., 58, 390 (1977)
18)D.Y.C.Chan, D.Henderson, J.Barojas and A.Homola, IBM J. Res.Develop, 29, 11 (1985)
19)P.Bagchi, J. Colloid Interface Sci., 47, 86 (1974)
20)H.Inoue, H.Fukke and M.Katsumoto, IEEE Trans. Magn., 26, 75 (1990)
21)H.Inoue, N.Kodama and M.Katsumoto, J. Magn. Magn. Mater., 124, 213 (1993)
22)N.Kodama, H.Inoue, G.Spratt, Y.Uesaka and M.Katsumoto, J. Appl. Phys., 69, 4490 (1991)



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