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序  論



 1nm〜1μmの粒子が媒質中に分散した、いわゆるコロイド分散系に関しては、古くから様々な分野で基礎研究、応用研究がなされてきた1)。塗料、薬剤、洗剤、写真など、その応用例は枚挙に暇がない。これらの中で、磁性を持った粒子の分散系は、実用上、極めて特異で重要な位置を占めている。例えば、磁性流体は数十nmの微粒子を溶媒中に分散させたものであるが、軸受などの可動部のシール材として不可欠の材料である。また、フロッピーディスクやビデオテープ等に代表される磁気記録媒体は、その大部分が、強磁性粒子をバインダー樹脂と共に溶媒に分散させて磁性塗料とし、これを基体に塗布して製造されている2)。Table1には、これらに用いられている磁性粒子の例を示すが3)、いずれもコロイドの範疇に入る大きさの粒子であることがわかる。

Table 1. Various magnetic particles in practical use

Material Application Particle Size (nm) Particle Shape
Fe3O4 Magnetic Fluid 〜10 Grain
FeN Magnetic Fluid 〜10 Grain
γ-Fe2O3 Magnetic Tape (Audio)
Floppy Disk
Rigid Disk
300〜600 Acicular
Fe3O4 Magnetic Tape (Video) 300〜600 Acicular
CrO2 Magnetic Tape(Audio) 200〜700 Acicular
Co-γ-Fe2O3 Magnetic Tape(Video)
Rigid Disk
200〜600 Acicular
Fe Magnetic Tape 100〜500 Acicular
Ba-ferrite Floppy Disk 100〜300 Acicular


 これらの磁性粒子分散系においては、凝集しやすい磁性粒子をいかに安定に分散させるかが重要な課題であり、そのために、界面活性剤等の分散剤の使用、粒子形状の制御、溶媒の選定など種々の工夫がなされている4-6)。その中には理論的な根拠に基いて設計された方式もあるが、未だにかなりの部分を経験的な手法、試行錯誤から生まれた手法に頼っているのが現状である。
 過去の基礎的な研究例を見ると、非磁性粒子の分散系に関しては、古くから多くの研究が行なわれている。中でもDeryagin、Landau、Verwey、OverbeekによるDLVO理論は最もよく知られているものの一つであろう7)。また、DLVO理論では扱われていない、吸着高分子による立体反発力に関する研究が Fischer8)、Mackor9)、Napper10)らによって行なわれている。さらに最近では、溶液中の吸着していない高分子が粒子の凝集を引き起こすという佐藤らのDepletion凝集の理論11),12)も盛んに研究されている。
 一方、磁性粒子コロイドを扱った研究となると、Chanらによる磁性粒子間相互作用の研究13)や、Huismanらの吸着高分子に着目した研究14)、尾崎らの磁性ヘマタイト分散系の研究15),16)などが挙げられるが、その数は非常に少ない。その理由に、この分野の研究が企業の製品に直接結び付いているために詳細が公表できないという面があることは事実である。また、粒子が磁性を持っているために生じる分散安定化の困難さ、解析の難しさも、研究対象になり難い理由の一つであろう。さらに、実用を意識した研究では利用価値のある材料、組成を用いる必要があるため、系が非常に複雑になり、ますます基礎的な取り扱いが困難になる。例えば磁気記録媒体の製造過程においては、磁性粒子はバインダー樹脂と共に有機溶媒中に分散させて塗料とした後に基体上に塗布されるので2)、樹脂を含んだ有機溶媒中での磁性粒子の分散性を問題にしなければならない。しかも媒体中の粒子密度を上げるために、磁性塗料は必然的に濃厚コロイドとなり、分散性への要求は非常に厳しくなる。このような、「凝集しやすい磁性粒子」、「有機溶媒」、「濃厚コロイド」という厳しい条件下での分散性の解析はほとんど行なわれていない。しかしながら、磁性粒子の分散系は学問的にも実用的にも興味深い対象であり、基礎データの蓄積が待たれることは言うまでもない。
 以上のような状況に鑑み、本研究では、実用的な材料・組成等を考慮しつつ、比較的単純化された系を用いて磁性粒子の分散性に関する検討を行なうことにした。その際、固定磁気ディスク媒体の製造に用いられる磁性塗料を念頭に置いて、実際に使用されている材料・組成に準じた系で試料の調製、評価を行なった。具体的には 「強磁性酸化鉄粒子(主として針状の粒子)を、熱硬化性エポキシ樹脂と共に有機溶媒中に分散させた濃厚コロイド」 がここでの研究対象となる(Table2)。

Table 2. Typical Component of practical magnetic paint

Magnetic Particle Acicular γ-Fe2O3
Platelet Ba-ferrite
10〜40wt.%
Binder Epoxy Resin 3〜10wt.%
Solvent 2-Ethoxyethyl acetate 50〜80wt.%


 本研究で特に注目した点は、分散剤として添加したエポキシ樹脂の磁性粒子表面への吸着現象、およびそれが磁性粒子の分散性に与える影響についてである。第1章では、磁性粒子表面への樹脂の吸着量の測定を中心に、樹脂が吸着する過程を解析し、吸着樹脂が分散性に与える効果を検討する。第2章では、樹脂吸着層の状態について詳細な解析を行ない、吸着層中の樹脂と溶媒との比率や、溶媒中での吸着層の厚さなどを明らかにする。第3章では、樹脂吸着層の形成によって安定に分散させた磁性粒子分散液の粘度特性について検討する。そして第4章では、磁性粒子間の相互作用を簡単なモデルを用いて計算し、粒子の分散、凝集現象を理論的に解析し、また一部実験結果との対比も行なう。



文  献

1)D.H.Everett, "コロイド科学の基礎", 関 集三 監訳, 化学同人 (1992)
2)赤城元男, "分散・凝集の解明と応用技術", p505, 北原文雄 編, テクノシステム (1992)
3)西川正明, "磁気記録の理論", p11, 朝倉書店 (1985)
4)例えば, "磁性材料の開発と磁性粉の高分散化技術", 総合技術センター (1982)
5)渡谷誠治, 角谷賢二, 端山文忠, 直野博光, 松本恒隆, 高分子論文集, 35, 555 (1978)
6)角谷賢二, 中前勝彦, 渡谷誠治, 端山文忠, 松本恒隆, 高分子論文集, 37, 49 (1980)
7)E.J.W.Verwey and J.Th.G.Overbeek, "Theory of the stability of Lyophobic Colloids", Elsevier, Amsterdam (1948)
8)E.W.Fischer, Kolloid Z, 160, 120 (1958)
9)E.L.Mackor, J. Colloid Sci., 6, 492 (1951)
10)D.H.Napper, J. Colloid Interface Sci., 58, 390 (1977)
11)T.Sato, J. Appl. Polymer Sci., 23, 1693 (1979)
12)佐藤達雄, 表面, 18, 294 (1980)
13)D.Y.C.Chan, D.Henderson, J.Barojas and A.Homola, IBM J. Res.Develop., 29, 11 (1985)
14)H.F.Huisman, H.J.M.Pigmans, A.J.P.Roegies and W.J.J.M.Sprangers, Progress in Organic Coatings, 13, 377 (1986)
15)M.Ozaki, H.Suzuki, K.Takahashi and E.Matigevic, J. Colloid Interface Sci., 113, 76 (1986)
16)M.Ozaki, N.Ookoshi and E.Matijevic, J. Colloid Interface Sci., 137, 546 (1990)



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