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● 弓の話 ●


弓は力学の塊

 弓というものは、はるか遠い昔から狩猟の道具として、或いは武器として使われて来ています。その魅力は、何と言っても構造の単純さにあるでしょう。単純な構造であるからこそ、古くから、洋の東西を問わず親しまれて来た、とも言えます。
 現在では、スポーツや武道の一つとして接することが多い弓ですが、その中には様々な科学的要素が詰まっています。大雑把に言えば、単なる板バネの一種ですが、矢を目的の方向に飛ばすためには、実に多くの要素が必要なのです。これらのたくさんの要素のかなりの部分を、人間の感覚、技術でカバーするのが日本の弓(和弓)であり、可能な要素をできる限り「弓」や「矢」という道具の側に盛り込んだのがアーチェリー(洋弓)である、ということができると思います。本項では、科学の対象として扱いやすい洋弓を中心に、和弓と比較しながら話を進めることにします。ただし、私自身が実際に経験しているのは洋弓だけで、和弓に関しては少々怪しいですから、その点はご了承ください(日本の弓を「和弓」と呼ぶこと自体、アーチェリー側からの見方ですね。弓道をやっている人は「和弓」とは言いませんから)。


角がいっぱいの洋弓

 洋弓と和弓のおよその形を図1に示しました。洋弓を見たときにまず目に付くのが、弓からたくさん生えた「角」です。これらはスタビライザーと呼ばれるもので、文字通り、弓を安定させるための道具です。

図1

図1 洋弓と和弓の概形


 スタビライザーの主な働きは2つです。一つは、慣性モーメントを大きくして弓の動きを抑える働き。要するに、重たくすることで不要な回転や傾きが起こりにくくなるわけです。まん中の長い角は、弓全体の左右の動き(トルク)や、上下の傾き(ピッチング)を抑え、左右に突き出た角は、主に押し手を軸にした回転(ローリング)を抑えます。もう一つの働きは、余分な振動を抑えることです。引き絞っている時に腕が多少震えても、その振動がスタビライザーに伝わって吸収されるので、弓自体はあまり震えなくなります。また、引き手を離して矢を放つ(離れ=リリース)瞬間に発生する振動も吸収してくれます。
 これらのスタビライザーは洋弓には必ずあるかというと、そうとは限りません。スタビライザーや照準器(サイト)の全くないベアボウ(いわゆる裸弓)と呼ばれる弓もあります。これは、見た目は和弓と同じようなシンプルな形になります。また逆に、偏心滑車やら鏡やらが付き、引くのも素手ではなくリリーサーと呼ばれる引き金のようなものを使うなど、徹底的に的中精度のアップを図った、コンパウンドボウという弓もあります。まさに、コンパウンド(複合)。ここまで来ると、道具と言うよりも機械に近い感じがします。ただ、矢に与えるエネルギーは全て人間の引く力による、という点では、火薬の力を使うライフルなどとは違い、また、矢を放つまでずっと力を入れ続けなければならないという点では、引いた状態で固定できるボウガン(クロスボウ、石弓などとも呼ばれます)とも違いますから、やはり弓は弓です。


洋弓と和弓を比べると

 スタビライザーのような附属部品の他に、洋弓と和弓には大きな違いがいくつかあります。まず、弓を握る位置(グリップ)です。洋弓では弓のほぼ中央を握りますが、和弓では下から3分の1辺りに握りが来ます。弓が長い和弓で真ん中を握ると、弓の下端が地面につっかえてしまうから、という説が本当かどうかはよくわかりませんが、握りの位置がこのように下にあると、下側の短いバネの方が、上側の長いバネよりも反発力が強くなりますから、矢はやや上向きに飛ばされることになります。つまり、矢を水平につがえていても、実際には少し上向きに放たれて、飛距離が稼げるのです(逆にまっすぐ押したのでは上に飛びすぎる、という問題もあるのですけど)。また、矢を放った時の弓の振動が腕に伝わりにくく、衝撃が少ないという利点もあります。弦が戻った瞬間から弓自体が振動を始めますが、これはちょうど枠に張ったゴムひもが振動するのと同じで、図2のようなたくさんの振動モードが組み合わさった形になります。このうち特に強く現れるのが3倍振動のモードですが、このモードでは端から3分の1のところにちょうど全く振動しない部分(節)が来ていることがわかると思います。和弓ではこの節のところを握るので、弓の振動をあまり感じないで済むのです。

図2

図2 弓の振動モード


 では洋弓はどうでしょうか。まず、下側の反発力が強くなるという件ですが、実は洋弓にも同じ効果を出す工夫があります。下側のバネの方が上側のバネよりも若干強く作ってあるのです。ですから、普通の縦型の洋弓を水平に構えたりすると左右が大きくぶれてしまいますし、上下逆さに使うと(普通は無理ですが、組み立て式の弓では上下のバネ部分(リムと呼びます)を逆に付けることもできなくはありません)、矢は下向きに飛び出してしまいます。次に弓の振動ですが、図2を考えれば、真ん中を握る洋弓では激しい振動が起こりそうですね。しかし実際にはそれほどでもありません。その理由としては、元々洋弓は和弓よりも短いために大きな振動を起こしにくいこと、そして弓の中央部分は剛直でほとんど曲がらない構造になっているために、図2のように中央部分が大きく動く振動モードになりにくいことが挙げられます。それでもやはり振動は起こりますから、それを吸収するために、さらにスタビライザーが付けられているのです。
 握りの位置以外のもう一つの大きな違いは、矢のつがえ方でしょう。和弓では矢は弓の右側に置きますが、洋弓では矢は左側です。しかも洋弓の場合は、弓の左側面を大きく刳り貫いて、矢が弓の中心に来るようになっています(図3)。

図3

図3 矢のつがえ方の比較


 この違いは大きいです。というのは、和弓ではこのまま放つと、当然のことながら矢は狙った位置よりも右に飛んでいってしまいます。ですから、離れの瞬間に弓を左方向に回転させて、矢の方向を修正するのです。これは意識的にやるのではなく、自然に弓が回るようにしなければならないらしいのですが、いずれにしても、本来右に向かうはずのものを人間の技術で修正するのです。これに対して洋弓では、矢は弓の中心にありますから、とにかくまっすぐ押して、まっすぐ引いて、まっすぐ離せば、矢はまっすぐ飛んで行くはずです。
 これはある意味、洋弓と和弓との最大の違いと言ってもよいかもしれません。この違いのために、基本的な射法が大きく違ってくるのですから。ただ、この話に踏み込むと技術論になってしまいますので、ここではこれ以上深入りはしません。興味のある方は、専門の書籍を見てください。


アーチェリーパラドックス

 洋弓の経験者ならば、「アーチェリーパラドックス(または、アーチャーズパラドックス)」という言葉は聞いたことがあるでしょう。その内容についても、いろいろな技術書や雑誌に掲載されていますから、経験者にあえて説明する必要はないでしょうが、現象として面白いので、私なりに取り上げてみます。
 まず、「パラドックス」という言葉ですが、日本語では「逆説」です。その意味は、「一見常識に反しているようで、実は真実であること(あるいは真実ではないまでも、容易には反論できないような穿った見方であること)」です。洋弓でのパラドックスとは、「放たれた矢が左右にクネクネ曲がりながら飛ぶ」というものです。全体として「まっすぐ」飛んでいるはずの矢が、実はクネクネと「曲がりながら」進んでいる、というのが「パラドックス」と呼ばれる所以です。
 それではなぜ、矢は「クネクネ曲がる」のでしょうか。原因は「離れ(リリース)」にあります。洋弓では右手の人差し指、中指、薬指の三本の指を弦に引っ掛けて引きます。上から見ると図4のようです。

図4

図4 洋弓での弦の引き方と離れ(リリース)


 矢を放つ時にはこの指を伸ばして弦を離すのですが、指は一瞬で伸びきるわけではありません。伸びるには必ず一定の時間がかかります。その結果、図4のように、弦は本来の方向よりも左にずれて離されることになるのです。ただし、弦の上下は弓の端に固定されていますから、いつまでも左に向かうわけではありません。やがては弓に引き戻される形で中央に戻り、その反動で右に行き過ぎ、また元に戻る、という動きをし、結局、逆S字のカーブを描くことになるのです。
 それでは、このように逆S字に動く弦に矢がつがえられていたらどうなるでしょうか。その様子を図5に示しました。

図5

図5 弦と矢の動き(上から見た図)


 手を離れた弦はまず左に向かい、それにつがえられた矢のお尻(筈、洋弓ではノック)もやはり左前方に向かって押されます(図(a)の黒矢印の方向)。その結果、矢は図5(b)のように右に凸の形に湾曲して飛び出します。その後、弦の方は先に述べたように逆S字を描いて動きます(黒の破線)。これに対して矢の方も、弾力のある一種のバネですから、曲がれば元に戻ろうとする力が働きます。そのため、飛んで行きながら曲がりが元に戻り(図5(c))、さらにその反動で逆に左に凸に湾曲し(図5(d))、さらに元に戻って(図5(e))・・・、という動きを繰り返し、結局右に左にクネクネ曲がりながら飛ぶことになるのです。最後に矢が弓から離れて行く時には、矢は図5(f)のように右に凸に湾曲しています。そのおかげで、硬いプラスティックのハネが付いているにもかかわらず、弓とハネが触れることなくクリアーできる、という利点があります。まっすぐ飛ぶためには不要なはずのクネクネ現象が、実は役に立っている、という点も、これがパラドックスと呼ばれる理由の一つでしょう。
 図5のように、弦の左右のクネリと矢のクネリがピッタリ一致していれば、矢は曲がりながらも、その重心はまっすぐ飛んで行きます。ところが、実際はなかなかそううまくは行きません。弦がクネる速さは弓の強度などで決まり、矢のクネる速さは、矢のバネとしての硬さで決まりますから、この両者が必ずしも一致するとは限らないのです。例えば、矢が太すぎたり、肉厚すぎたりすると、バネとして硬く(曲げるのに力が必要に)なります。硬いバネは速く振動する性質がありますから、この矢は速くクネることになります。逆に細く、肉の薄い矢の場合は、軟らかいために振動が遅くなり、やはり弦のクネるタイミングとは一致しません。このような場合、矢の飛び出しに際して、大きな問題が発生します。その様子を模式的に示したのが図6です。

図6

図6 矢の硬さが弓と合わないと・・・


 弦は図5と同様に左に、次いで右に振動します。これと同じ速さで振動する理想的な矢であれば、図の左端のように、狙った方向にまっすぐに飛んで行きます。図の中で、赤色は、初めの静止状態の矢、橙色は、右に凸に最大に湾曲した状態、緑色は、左に凸に最大に湾曲した状態、青色は、再び右に凸な湾曲状態を示し、矢は、赤→橙→緑→青の順に飛んで行きます。
 これに対して図の中央は硬い矢の場合です。硬い矢は振動が速いですから、弦が左いっぱいに振れる前に最大湾曲に到達してしまいます(橙色)。そのため、弦が左にいっぱいに振れた時点では、既に最大の曲がりを通りこして元に戻り始めていますので、矢はお尻を左に引っ張られた状態になり、矢の重心が中心線よりも左にずれることになります(橙色破線)。このようにして初めに左向きに飛ばされた矢は、もう元の中心線には戻れません。そのまま左に流れてしまうのです。さらに、矢が硬いことから、弓との接触部分でも強く弾かれ、やはり左に飛ばされる形になります。
 逆に矢が軟らかすぎる場合は、右端の図のようになります。今度は矢が最大の湾曲に到達した時点で、弦は既に最大振れを通り越して元に戻りかけていますから、矢のお尻は理想的な位置よりも右に振られ、重心には右に向かう速度が与えられます(橙色)。その後は最初の勢いのままに、右方向へ向かうことになるのです。また、弓との接点での反発力が弱いことも、矢が右に向かう原因の一つになります。
 ただし、以上の説明は、あくまでも他の条件が全く影響しない理想的な場合であり、実際には弦の離し方、弓の押し方などで状況は大きく変化します。また、図5や図6も、かなり誇張したイメージ図であることをお断りしておきます。
 ところで、このように矢の飛ぶ方向が中心線からずれると、どのような問題が起こるでしょうか。まず、弓が最も力を出せる方向と矢の飛ぶ方向がずれていますから、エネルギーをロスします。せっかく強い弓を引いて低い弾道で効率的に的を狙おうとしても、かなりの力のムダが出てしまうということです。また、飛び出した後の矢の方にも問題が起こります。硬さが合っていない矢では、飛んで行く方向に対して矢の向きが傾きますので、空気抵抗が大きくなるのです。矢にはハネが付いていますから、このハネが風を受けて矢の向きを修正してくれますが、すぐに直るわけではなく、逆方向に行き過ぎて、また戻って、というように、お尻を激しく振りながら飛ぶことになってしまいます。これではエネルギーもロスしますし、的中精度も下がってしまうことは容易に想像できるでしょう。
 このように、普通の洋弓ではアーチェリーパラドックスという現象が必ず起こりますから、矢をまっすぐに飛ばすためには、矢の硬さを弓に合わせなければなりません。そのために、矢の太さ、長さ、肉厚などを厳密に選ぶ必要があります。さらに先端部の重さも影響します。板バネの振動の速さには、板(矢の場合は筒ですが)部分の硬さの他に、先端の重りの重さも効くからです。このようにして弓と矢をピッタリ合わせ込まないと、せっかくの弓の精度が生きて来ないのです。実際には、弓と矢が接触する部分に硬さの調節ができるスプリング(クッションプランジャー)を取り付けたりして、多少のズレはカバーしていますが、このような調整にも限界があるのです。


和弓の場合のパラドックスは?

 洋弓の場合のパラドックスは有名ですが、和弓ではどうでしょうか。詳しいことは私にはわかりませんが、和弓では弦にかけるのは親指ですから、洋弓とは逆の動きが起こると予想されます。弦はまず右に、次いで左に動くでしょう。この動きのおかげで、弦で顔を打たずにすんでいるのではないかと思われます。図7を見てください。洋弓では弦は顔の前までしか持って来ませんから、弦がどう動こうが、横っ面を張られる心配はありません(もっとも、押し手の内側を強打することはありますが)。一方和弓は、顔よりもずっと後方まで弦を引いて来ます。顔が弦よりも前に出ていることもあるでしょう。ですから、もし洋弓のように人差し指、中指、薬指で外側から引っ掛ける方法で引いていたら、図4の逆S字の弦の動きによって横っ面(あるいは耳の後ろあたり)を引っ叩かれることになりそうです。しかし実際には親指で内側からかけますから、弦は逆S字ではなくS字に動き、顔の外を回って、うまくよけてくれるのではないかと思います。これにさらに弓の回転などの要素も加わって、うまく射ることができるのでしょう。

図7

図7 洋弓と和弓の弦の動きの違い(上から見た図)


 では、矢のくねりはどうでしょう。常識的に考えて、洋弓と同様の(左右裏返しですが)曲がりは起こっていると思われます。さらに、取りかけの位置が矢の位置よりもかなり下になりますから、矢から見れば、上からの作用と下からの作用がかなり違っているはずで(洋弓では矢は人差し指と中指の間に来ますので、上下の状態の差は小さいです)、上下の曲がりも生じている可能性があります。ただ、洋弓ほど細かい精度を要求されない分、あまり話題にされることがないのかもしれません。洋弓では矢の曲がり方の調整も含めて、道具のチューニングが非常に重要ですが、和弓では技でカバーする様々な要素の中に埋没しているのだと思います。


弓や矢の材質あれこれ

 弓の構造や付属品だけではなく、その材質も、時代と共にずいぶん変わって来ました。和弓では昔ながらの材質もずっと受け継がれて来ていますが、洋弓では、昔のままの材質の弓や矢などはほとんど見ることはできなくなっています。それでは、洋弓の各部の材質について少し見て行きましょう。

ハンドル
 昔の一体型の弓では、上から下まで全体が木製でしたが、現在の分離型の弓では、中央のハンドル部分はほとんどが金属製です。当然、強度があって、長持ちして、軽い材質が望まれるわけで、これらを満足するものとして、アルミやマグネシウム系の合金が使われています。よく単に「マグネシウム製」などと言われますが、純粋なマグネシウムは反応性が高くてすぐに酸化しますし、加熱すると強烈な光を出して燃えますから(写真撮影のフラッシュランプに使われるぐらいです)、そのまま使うことはありません。必ず合金として使われます。
 そう言えば、一時期、カーボンなどの複合素材のものがあったように記憶していますが、その後どうなったのでしょうか。

リム
 弓の心臓部、バネとして働くリム部分の材質はいろいろあります。大昔は木や竹を樹脂で固めたものでした。それが、表層部にグラスファイバーを使ったものに代わります。グラスファイバー=ガラス繊維ですが、もちろんガラス繊維だけでは成形できませんから、エポキシ系の樹脂などにガラス繊維を埋め込んだものが使われます。というよりも、樹脂をガラス繊維の埋め込みで強化した、と言った方が正解で、正式名はFRP(Fiber Reinforced Plastics)あるいは、GFRP(Glass-Fiber Reinforced Plastics)です。この材料は反発力が強いので、高反発が必要な様々な分野で使われました。各種ラケットやゴルフクラブ、棒高跳びのポール、釣り竿などです。またいろいろな機械装置のプラスティック部品の強度アップにも広く利用されています。洋弓のリムにもうってつけの材料、と言えるでしょう。
 その後、同じFRPの仲間ですが、ガラス繊維ではなく炭素繊維を使ったCFRP(Carbon-Fiber Reinforced Plastics)が出現すると、洋弓を初め、先に挙げたスポーツ用品などは一斉にこちらに移りました。いわゆる「カーボン」です(「カーボン」は言うまでもなく炭素のことですから、CFRPを「カーボン」と呼ぶのは、あくまでも俗称です)。ガラス繊維のものに比べて反発力がさらに高く、軽いというのが特徴です。洋弓でもラケットなどでも同じですが、曲げたものが元に戻る場合、その材質自体も動かなければなりませんから、軽いほどエネルギーのロスがなく有利です。その意味で、CFRPはGFRPよりも優れているのです。また、単に繊維を混ぜるだけでなく、繊維の方向を制御したり、布状に織ったものを使ったり、これらを何層も重ねたり、といろいろな工夫が為されています。


 昔の弦はほとんどがダクロンと呼ばれる合成繊維でした。ダクロンというのはデュポンの商品名で、物質の名前としてはポリエチレンテレフタレート、いわゆるポリエステル(日本では帝人と東レがテトロンという名前で同じ材料を作っています)です。これはなかなか優れた素材なのですが、若干伸び縮みするのでエネルギーロスが出ることと(このおかげでソフトな使い心地になるのですけど)、長く使っていると伸びてしまうことが問題でした。
 次いで登場したのがケブラーです。これもデュポンの商品名で、ナイロンと同じポリアミドですが、ナイロンが炭素が一直線に並んだ直鎖状の炭化水素を骨格とするのに対して、ベンゼン環(例の亀の甲)を骨格とします。鋼鉄の5倍の強度でナイロンよりも軽い、というキャッチフレーズで売り出されました。実際に抜群の強度を誇り、いろいろなロープ類やベルト類、高強度の布材料などに使われています。パラシュートの紐や防弾チョッキの素材としても有名ですね。最近ではケブラーを樹脂に埋め込んだKFRPもあります(もちろん弦の材料にはなりません)。
 強くて軽い、となれば弓に利用しない手はありません。早速、爆発的に普及しました。その威力は絶大で、私も初めてダクロンからケブラーに切り換えた時には、あまりの戻りの速さに、引き手を持って行かれそうになったことを覚えています。指の開きが、弦の戻りについて行けなかったのです。ただ、戻りが速い、伸びない、ということで、打った時の衝撃はダクロンよりはるかに大きく、その結果、弦の寿命は却って短くなってしまいました(最近のものはもっと強いようですが)。
 最近ではさらに新しい素材も出てきています。ひとつは、ダクロンと同じポリエステルなのですが、ダクロンがベンゼン骨格と直鎖状の骨格が交互に並んでいるのに対して、全部の骨格がベンゼン環です。またもう一つは、超高分子量のポリエチレン繊維です。ポリエチレンといえば炭素がズラッとにつながっただけの簡単構造の高分子で、俗にビニール袋と呼ばれる袋の素材として有名ですね。ビニール袋などでは短めの鎖(炭素の数にして数千個)が絡み合っていますが、この鎖を長くして方向を揃えて並べると、荷物の梱包などに使うポリエチレンテープになります。このテープはご存知のように、横方向には簡単に裂けますが、縦方向に引っ張ってもまず切れません。横方向は繊維がただ並んでくっ付いているだけですが、縦方向は炭素−炭素の強い結合があるからです。これを究極まで持って行ったのが、超高分子量ポリエチレン繊維なのです(炭素の数で数十万個)。「軽くて丈夫」を極めた繊維と言えるでしょう。


 同じ強さの弓で飛ばすのであれば、矢は軽いに越したことはありません。速度が上がる分、低い弾道で飛びますから、山なりの弾道と比べて実質的な飛行距離が短くなり、的中に有利だからです。しかし、アーチェリーパラドックスのところで説明しましたように、軽くするために細く、肉薄にすると、矢が軟らかくなりすぎて、弓と合わなくなってしまいます。そこで、矢のシャフト用には軽くて硬い素材が求められることになります。
 以前に最も普及していたのはアルミ製の矢です。ただし、アルミといっても単純なアルミではありません。銅、マグネシウム、マンガン、亜鉛などを加えた、ジュラルミン、超ジュラルミン、超々ジュラルミンなどと呼ばれる合金です。名前を聞いてすぐ気が付くと思いますが、飛行機の機体にも使われている材料です。さらに最近では、矢の方でもCFRP(カーボン)が主流になりつつあるようです。
 矢の先端(いわゆる鏃=ポイント)はほとんどの場合鋼鉄製、筈(ノック)とハネはプラスティック製で、特に説明は不要でしょう。

和弓の材質
 和弓についてはあまり詳しくは知りませんが、最近のものは、弓も矢も弦も、洋弓とほとんど同じ材質のようです。弓はGFRPかCFRP、矢はアルミ合金かCFRP、弦はケブラー、というのが多いと聞いています。ただし、本当の上級者は、昔ながらの竹弓、竹の矢を使うそうで、単に当てればよいというのとは違う、別の世界があるようです。



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