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● SEMの話 ●


電子線で試料を「走査」する顕微鏡

 光の代わりに電子線を使って試料の拡大像を作る装置が電子顕微鏡であり、透過型と走査型の2種類があるということは、電子顕微鏡の話に書いています。そのうち透過型電子顕微鏡(TEM)については電子顕微鏡の話の中で詳しく説明してありますので、ここではもう一つのタイプ、「走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope = SEM)」について見てみましょう。
 SEMではその名の通り、電子線でもって試料の表面を「走査」します。「走査」とは、テレビ画面の「走査線」の「走査」であって、試料上を右から左へ、さらに縦位置を少しだけずらしてまた右から左へと、目的の範囲を隈なくなぞることを言います。もちろん、ただなぞっただけでは何も見えませんから、なぞりながら試料から出てくる信号を捕まえます。SEMの場合は、電子線を照射することで試料から叩き出された「2次電子」をキャッチし、これを別の画面に順次表示して行くことで像を作るのです。電子顕微鏡の話にも書いているように、目をつぶって指で試料をなぞり、全体の形をイメージする感覚です。


テレビとSEM

 先ほど「走査」の例としてテレビを引き合いに出しましたので、テレビとSEMを比べてみましょう。テレビでは撮像管や撮像素子と呼ばれる装置で映像を撮影しますが、最近のCCDなどの撮像素子はちょっと原理が違うので、一昔前の撮像管を使ったテレビシステムで見てみます。
 カメラで静止画を撮る場合は画像全体を一度にフィルムに焼き付けます。これに対してテレビ撮影の場合は画面全体を同時に撮るのではなく、撮影レンズが作った実像を小さな点に分解して、各点の情報を順次送り出すようになっています。例えば以前によく使われていた撮像管では、光が当たると電気抵抗が変化する性質を持った板の上に実像を作り、裏側から電子線を当ててその像をなぞります。実像の明るい部分は電気抵抗が大きく下がっていますから、そこに当たった電子線は大きな電流として流れ出ますが、実像の暗い部分は電気抵抗が大きいので、電流はあまり流れません。その結果、電子線を実像の上で動かして行くと、実像の各部分の明るさに応じて変化する電気信号が得られることになります。得られた信号は電波に乗って家庭のテレビ受像機(いわゆる「テレビ」)に送られます。テレビのブラウン管では撮像管と同じタイミングで電子線が走査されており、送られてきた信号に応じて強弱の変化がついた電子線が、画面の裏側に塗られた蛍光塗料を強く、あるいは弱く光らせるのです(液晶やプラズマテレビでは電子線は使いませんが、画面にびっしり並んだ画素に順に信号を送って行く点では同じです)。このようにして、図1(a)のように元の画像がテレビ画面に再現されるわけです。

図1

図1 SEMはテレビとよく似ている


 それではSEMはどうでしょうか。テレビではレンズが作った実像の上を電子線で走査していましたが、SEMでは図1(b)のように電子線で直接に試料の上を走査します。物に電子線が当たると、その物を作っている物質に含まれる電子が叩き出されます(2次電子)。2次電子の量は物の状態によって変わりますので、この2次電子を集めて電気信号に変換し、テレビと同じように別の画面に表示してやれば、試料の表面状態を反映した像が得られます。これがSEMの原理です。
 試料上で電子線を捜査する範囲と、像を表示する画面の大きさの比がそのまま倍率になります。普通は表示画面の大きさは決まっていますから、試料上で実際に電子線を走査する範囲を変えるだけでSEMの倍率は変えられる、ということです。


2次電子の量は表面の形で決まる

 原理からわかるように、SEM像というのは、単に2次電子の量を明るさに変えて表示しただけのものです。これでなぜ試料表面の形が正確に写し取られた拡大像が見えるのでしょうか。その理由は2次電子の出方にあります。

図2

図2 2次電子の出方


 図2(a)に示すように、照射された電子線は試料の中に少し潜り込み、その途中で2次電子を次々に叩き出します。ところが、初めに照射された電子線に比べて2次電子は勢いが弱いので、表面付近のごく一部の電子しか外に出ることができません。深いところで作られた2次電子は、試料中の他の原子にぶつかりながら長い距離を移動する間にますます勢いが衰えて、ついには動けなくなってしまうのです。2次電子が飛び出せる深さは(条件によって変わりますが)普通はせいぜい数nm〜十数nmといったところです。ところが、試料の面が図2(b)のように照射する電子線に対して斜めになっていたらどうでしょうか。斜面の低い側(図では照射電子線の右側)から横向きに出た2次電子は、それほど長い距離を移動しなくても外に出られますから、傾きがきつくなるほど多くの2次電子が脱出できることになります。一方、斜面の高い側(左側)では、脱出できる2次電子は平面の場合よりもさらに少なくなることがわかります。
 2次電子を捕まえて量を計る(電気信号に変換する)検出器は、普通はどちらかの側面に取り付けられていますから、斜面が検出器側に向いていればたくさんの2次電子が捕まり、逆に斜面が検出器のない側に向いていれば、捕まる2次電子の量は少なくなります。また小さな突起や角の部分は、やはり試料中を2次電子が進む距離が短くて済みますから、平坦な部分よりも多くの2次電子が飛び出します。このように、試料の材質が全く同じであっても表面の形によって飛び出して来る2次電子の量が変わり、像の明るさが変化するのです。
 この法則に基いて、図3(a)のような形をした試料をSEMで見たときの状態を考えましょう。2次電子の検出器は図の左側にあるとします。まっ平らな部分は2次電子の量が少なく、角や突起の部分は多くなります。斜めになった部分は、左向きの斜面の場合は2次電子の量が多く、右向きの斜面の場合は少なくなります。また緩やかにカーブした部分は、傾きの変化に応じて徐々に2次電子の量が変化します。その結果、検出器で捕まる2次電子の量は、大雑把に言って図3(b)に示したようになると考えられます。そして2次電子の量を明るさに変換して表示すると、図3(c)のような像が得られることになります。ちょうど検出器の側(左側)から試料に光を当てて、それを上から見たような状態になり、凸部の右側に陰ができて立体的に見えるのです。

図3

図3 実際のSEM像はこうなる


 実際の3次元の立体的な試料の場合でも基本は同じで、元の立体がきちんと画面上に拡大されて再現されます。また、この原理からわかるように、照射する電子線に対して試料が傾いていた方が2次電子の量が増えますから、試料全体を少し傾けることで画像を明るく、見やすくすることができます。SEM観察で実際に使われているテクニックです。
 2次電子の量を決めるのは試料の表面形状だけではありません。どんな物質でできているかによっても変わって来ます。ただ、2次電子に関して言えば、材料の種類よりも表面形状の影響の方が大きく出るのが普通です。


SEMの基本構造

 原理からもわかるように、SEMを構成する基本的な要素は、電子線を照射する部分と、2次電子を検出する部分、そして信号を画像にする部分です。電子線を照射する部分はTEMとほとんど同じで、電子線を発生させる電子銃と、発生した電子線を集めるコンデンサーレンズ、さらに最終的に試料に当てる対物レンズから成ります。ただし電子線で直接像を作るTEMと違って、細く絞って所定の位置に照射できればよいわけですから、電子線の質に関する要求はTEMほど厳しくはありません。また試料を通り抜けて像を作るのではなく試料の表面を観察するのが目的ですから、加速電圧は低めで、TEMの100〜300kVに対して、5〜30kV程度です。そのため、装置全体はTEMよりもずっと小さく、事務机ぐらいの大きさに収まっています。(もっとも高性能のSEMでは、普通のTEMと変わらない精度を持っているものもあり、図体もそれなりに大きいですが)
 電子線を照射する部分でTEMと大きく違うのは、走査するために電子線を振る機構が付いていることです。通常は対物レンズの上に別のコイル(走査コイル)を置き、これから発生する磁場で電子線の向きを変えるようになっています。

図4

図4 SEMの構造


 2次電子の検出器は、電子を受けるとそれを膨大な数の電子に増殖させて電気信号に変える装置です。2次電子はやっとの思いで試料から脱出して来ているので既に疲労困ぱい状態で、そのままでは効果的に増殖させることはできません。そこで一旦、電子を受けると光を出す性質を持った板に当て、運ぶのに便利な光信号に変えます(このような装置をシンチレーターと呼びます)。発生した光は都合のよいところまで引張って来て、逆に光を受けると電子を発生する性質の板に当てて再び電子に戻しますが、ここで発生した電子は電圧をかけて加速しますので、元の2次電子よりもはるかに元気です。この元気な電子を、今度は電子を受けると多数の電子を放出する性質の板にぶつけます。飛び出した電子はまた次の板にぶつかってさらに多数の電子を叩き出し、その電子がまた次の板にぶつかって・・・・・というふうに次々に増殖し、雪崩を打って発生した多量の電子が最終的に電流に変えられます。こうして電気信号が得られれば、後は表示装置に送って、先に書いたようにテレビと同じ原理で拡大像を作ればよいのです。


シャープなSEM像を作るポイント

 TEMでのフォーカス合わせは、実像をいかに所定の位置に作るか、ということでしたが、SEMの場合は、照射電子線をいかに小さく絞るか、ということになります。実際のSEM観察では、対物レンズの焦点距離を調節して、電子線が最も小さく絞られた部分がちょうど試料上に来るようにしています。
 フォーカスが合っていない状態、つまりスポットが絞りきれていない状態では、広い面積からの情報をまとめて取ることになりますから、細かい凹凸がわからなくなってしまいます。その様子を図5に示しました。3つの突起がある試料を、異なるスポット径で走査した時の状況を模式的に表したものです。

図5

図5 スポットが大きいと像がボケる


 左端のようにスポットが小さければ、試料上の凹凸をきちんと反映した信号(つまり細かい形状が鮮明に見えるSEM像)が得られます。ところがスポットが大きくなると、スポットの中心から遠く離れた場所の情報も捕まえてしまいます。図で言えば、スポットの中心は何もないところに来ているにもかかわらず、スポットの端が突起にかかっているために、突起の情報も拾ってしまうのです。その結果、得られる像は輪郭のはっきりしないダレたものになり、図の右端の状態に至っては、試料上の3つの突起が全く識別できない状態になってしまうのです。
 SEMのフォーカス合せで便利な点として、倍率を変えても合せ直す必要がない、ということがあります。TEMでは、倍率を変えると実像ができる位置が変わりますから、その都度フォーカス合せが必要でした。ところがSEMの倍率は単に試料上を走査する範囲を変えるだけで変更できますから、電子線の絞り具合には何の影響もありません。そのため、より精密なフォーカス合せが必要な高倍率で一旦きちんと調整しさえすれば、それよりも低い倍率ではそのまま観察できるのです。
 ところで、ピッタリとフォーカスを合わせる上で、やっかいなものがあります。TEMでも出て来た非点収差です。これは縦方向と横方向で焦点距離がずれる現象で、電磁レンズには付き物です(光のレンズにもありますが程度が軽い)。非点収差があると、縦方向の焦点が合っている時には横方向がボケて広がり、横方向の焦点が合っている時には縦方向がボケて広がってしまいますから、スポットを小さく絞ることができません。また、モニターの表示画面の方は一点一点を丸いスポット状に光らせているのに対して、そこに表示される2次電子の情報は試料上でどちらかの方向に広がった範囲から集められますから、その方向に流れた像になってしまいます(図5で、縦か横のどちらかの方向にだけサイズが大きいスポットを考えてみてください)。そこでSEMには非点収差を補正する装置が必ず付いています。別のコイルで縦方向と横方向の磁場を補正して、スポットが真円になるように、像が流れないように調整するのです。

 対物レンズを調節することで試料上での電子線のスポットを最小にする、と書きましたが、それではその最小のスポットの大きさは何で決まるのでしょうか。その一つは元の電子線の質の問題で、いろんなエネルギーの電子線が混ざっていると、それらは当然一箇所には集まってくれません。また、最終的に試料上にできるスポットは、電子銃のところにできる電子線の集まり(クロスオーバーと言います。電子顕微鏡の話参照)の実像ですから、クロスオーバーの大きさもモロに影響します(その点で、TEMの場合と同様に熱電子放出タイプの電子銃よりも、電界放出型の電子銃の方が優れています)。これらは機械の性能で決まってしまう部分ですが、その他に調整可能な要素があります。それは、対物レンズの手前にあるコンデンサーレンズです。コンデンサーレンズの焦点距離を短くするとスポットが小さくなり、焦点距離を長くすると、スポットが大きくなるのです。その様子を図6に示しました。この図ではわかりやすくするために思いっきり誇張して書いてありますが、実際には電子線はこんなに広がってはいませんし、スポットももっと小さくなります。

図6

図6 スポットサイズはコンデンサーで決まる


 クロスオーバーの実像がコンデンサーレンズで作られるわけですが、光学レンズの場合と同じように、コンデンサーレンズの焦点距離が短いほど、その実像は小さくなります。さらに実像ができる位置も、コンデンサーレンズの焦点距離が短いとレンズ寄りに(図では上に)なりますから、それだけ対物レンズからは遠くなり、対物レンズが試料上に作る実像(つまりスポット)は一層小さくなるのです。
 ところで先ほど、スポットサイズが小さい方が細かい形状が鮮明に見える、と書きました。それならば、コンデンサーレンズの焦点距離を初めから十分に短くしておけばそれでよいことになります。ところが実際は、そう単純には行きません。電磁レンズではレンズの周辺部分の収差が激しいので、性能の良い中央付近だけを使うために、図6に示しているように、対物レンズの上の部分に絞りが入ります。コンデンサーレンズの焦点距離が短いと、左側の図のように電子線が大きく広がりますから、絞りでカットされる電子線が多くなり、像が暗くなってしまうのです(電界放出型の電子銃のように強力な電子線を出せるものでは、少々周辺がカットされても十分な2次電子情報が得られますが、それでも限界はあります)。もちろん電気的に増幅して明るい画面を表示することはできます。しかしその場合はノイズも一緒に増幅されますから、ザラザラした像になって、かえって細かいところが見えにくくなるのです。そこでSEMでは、コンデンサーレンズの焦点距離を操作者が自由に変えられるようになっています。低い倍率の時には大きめのスポットで、高い倍率の時には必要に応じてスポットを小さくして観察できるようになっているのです。


加速電圧の妙味

 TEMの場合は照射電子線のエネルギー、つまり加速電圧は解像度に直結する重要な要素でした。一方SEMでは、解像度への影響はTEMほどではありませんが、加速電圧を変えることで、別の面白い効果を出すことができます。それは、情報を取る深さです。
 加速電圧が高いと、照射電子線はそれだけ深く試料内部に入り込みます。また叩き出す2次電子も元気になりますから、より深いところからも外に出て来るようになります。その結果、高い加速電圧で観察するほど、深いところの情報まで取り出せることになるのです。SEMでは普通20〜30kVぐらいの加速電圧が使われます。この場合、深さ数nm〜十数nmの情報がいっぺんに取り出されますので、表面をいくぶんか素通りした、レントゲン写真のような像になります。これに対して加速電圧を数kV程度にまで下げると、本当に表面だけの情報が得られるのです。
 低加速電圧の観察では、試料のチャージアップ(後述)も少ないですし、試料に与えるダメージを減らせるというメリットもあります。また試料中に侵入した電子線の横方向への広がりも少なくなるので、それによる像のボケも抑えられます。こう書き並べると何かいいことずくめのようですが、世の中そう甘くはありません。電子銃のフィラメントから出た電子線には、いくらかのエネルギーのばらつきがあります。加速電圧が低い、つまり電子線全体のエネルギーが小さいと、このばらつきが余計に目立ってきますから、小さく絞るのが難しくなるのです。また、試料から出て来る2次電子の量も少なくなりますから、ノイズの多い画像になってしまいます。このような理由から、数kV以下の低加速電圧というのは、強力で質の良い電子線を出せる電界放出型の電子銃を備えたSEMでないと事実上は難しいのです。


2次電子以外の信号

 SEMは本来、2次電子の信号を捕まえる装置ですが、実は電子線を試料に照射することで2次電子以外にもいろいろな信号が出ています。表面で跳ね返った反射電子や、X線などです。これらを捕まえれば、2次電子と同じように映像を作ることができます。

反射電子の検出
 照射した電子線が試料中の別の電子を叩き出したのが2次電子ですが、照射された電子自体が試料表面で跳ね返される場合もあります。これが反射電子です。ただし反射と言ってもボールが壁に当たって跳ね返るのとはかなり様子が違っており、試料にぶつかった電子が、試料表面の原子と相互作用して散乱されたものです。この反射電子は2次電子と比べて勢いがいいので、一旦光に変えてから電子に戻して増幅して・・・・という面倒な操作は不要です。そのまま半導体でできた検出器に当てるだけで、ちゃんと信号が取れるのです。
 反射の強さは原子の種類で決まりますから、試料の組成によって信号強度は大きく変化します。これは2次電子にはない特徴で、反射電子を使えば、試料の組成の違いを見ることができます。また、試料表面に凹凸があると、検出器から見て陰になる部分の信号は弱くなりますから、2次電子と同じような凹凸情報も得ることができます。ただし、図2のような表面の角度の影響はほとんどありませんから、凹凸を検出する能力は2次電子ほどではありません。そのため、反射電子で作った像は、どちらかと言うとノッペリした、立体感のないものになります。
 反射電子でも鮮明な凹凸情報を得ることができるうまい方法があります。図7のように、2つの検出器を組み合わせるのです。試料の左側の青色の部分は電子を多く反射する重金属などでできており、右側の赤色の部分は電子をあまり反射しない軽い元素でできているとします。

図7

図7 2つの反射電子検出器を組み合わせて情報操作


 当然、左半分からは多くの反射電子が出ますが、右半分からの反射電子は少なくなります。また中央の凸部の左側からは、左側の検出器にはやや多めの反射電子が届くのに対して、陰になる右側の検出器には反射電子が届きにくくなります(凸部の右側ではその逆)。その結果、2個の検出器の信号はそれぞれ図のようになるはずです。例えば左側の検出器の信号について見ると、試料の左右で信号強度が大きく違っていますが、凸部に関する情報は申し訳程度しか乗っていません。凹凸よりも組成の情報の方が強調されているわけです。(ちなみに2次電子の場合ですと、図の右端に参考として示しているように、凹凸情報が圧倒的です)
 ここで、2個の検出器の信号を足し合わせて見ましょう。ただでさえ少なかった凹凸の情報は相殺されてほとんどなくなってしまい、組成情報だけが2倍に拡大されて残ります。表面形状に関係のない、組成だけの像が見られるのです。それでは、逆に2個の検出器の信号を引き算したらどうなるでしょうか。今度は組成の情報が消えて、凹凸情報だけが強調される形になりました。つまり、反射電子でもちゃんと凹凸が検出できるのです。斜めの方向にもう1つ検出器を追加し、陰の部分をさらに強調して、SEMと同じような像を作ることができる装置もあります。
 凹凸情報は2次電子で見ることができるのだから、あえて反射電子を使う必要はないのではないか、と思われるかもしれません。しかし、実際にはけっこう役に立つ場合があるのです。例えば、試料に水分が含まれていて、真空度を高くすると壊れてしまうようなケースです。このような場合にはあまり真空度を上げないで観察したいのですが、勢いのない2次電子ですと、たくさん残っている空気の分子に邪魔されて検出器まで届きません。その点反射電子ならば、多少真空度が低くても十分に検出できるのです。

X線の検出
 電子線を照射された試料からはX線も出ます。しかも、2次電子や反射電子は単にその量が多いか少ないかの情報しかありませんが、X線は元素の種類によってエネルギー(つまり波長)が変わりますので、適当な波長を篩い分けして検出すれば、試料に含まれる元素の種類まで特定できます。SEMにはこのようなX線検出器を取り付けられるようになっているのが普通です。
 試料の特定の場所や特定の領域に電子線を当てて出てくるX線を検出する場合が多いのですが、2次電子像を作るのと同じように、照射電子線を走査して、X線の信号をモニター上に表示することもできます。特定の元素が試料上でどのように分布しているかを画像として見ることができるわけで、なかなか便利なものです。
 注意が必要なのは、レントゲン写真でわかるようにX線は物を通り抜ける力が強いですから、2次電子よりもずっと深いところからも出て来るということです。X線による情報は、SEMと比べて試料の深いところの情報も含んでいるのです(もちろん、照射電子線が届く範囲で、ということですが)。

透過電子線の検出
 試料の下側に検出器を置いて、試料を通り抜けて来る電子線を捕まえるシステムもあり、走査型透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope = STEM)と呼ばれます。この場合の試料は、TEMと同様、電子線が透過できるように十分に薄くしておかなければなりません。電子線の速度が遅い(加速電圧が低い)分、むしろTEMよりもさらに薄くする必要があるぐらいです。
 試料の中で電子線が通りにくい部分(厚い部分や重い原子の多い部分)が暗い影として見えますから、得られる像はTEMとよく似ています。ただし、STEMでは端から順に走査して像を作って行きますから、試料全体に同時に電子線を当てるTEMのように、経路の違う電子線が干渉を起こすようなことはありません(電子顕微鏡の話参照)。そのため、本当に「影」という感じの単純な像になります。TEMはやはりTEMであって、STEMで代用するわけには行かないのです。


SEMの試料作り

 SEMの試料はTEMと比べれば簡単に準備できますが、それでもちょっとした工夫で見え方がずいぶん変わる場合もありますから、少し触れておきましょう。
 TEMでは対物レンズの中に試料を入れる必要があり、しかも電子線の通過を邪魔してはいけないということから、3mm程度の網目状のグリッドに薄片状にした試料を乗せていました。SEMでは、特別に高性能な一部の機種を除いて対物レンズの外に試料を置きますから、大きさの制限はずっと緩く、試料を収める部屋に入りさえすればよいのです(試料を傾けたり移動させたりするスペースは確保する必要がありますが)。ただし、あまり大きな試料は感心できません。大きな試料にはたくさんの水分やガスが含まれていますから、SEM内の真空度がなかなか上がらず、像の見え方が悪くなってしまいます。また余分なガスがSEM内に多く残っていると、電子銃のフィラメントの寿命が短くなったり、絞りの孔周辺に電子線で焼かれたコゲが付いて性能を落としてしまったりする原因になります。SEMの試料は必要最小限の大きさにするのが得策なのです。それでもどうしても大きいままで観察したい、とか、いろんなガスを吸着しやすい物質を見たい、とかいう場合には、事前に別の真空容器で十分にガス抜きをしておく必要があります。ちょっと横着したために後で後悔する、というようなことは、どこの世界でもありがちなことですね。
 SEMの試料で最も注意が必要なのは、導電性の確保でしょう。試料に照射された電子線は、試料から試料台を通って最終的には電流として外に流れ出ます。もし試料に導電性がないと照射された電子が溜まりますから、試料がマイナスに帯電し、後から続いて照射される電子線を捻じ曲げたり、跳ね返したりしてしまいます。こうなると像がゆがんだり、電荷が溜まりやすい凸部が異常に明るく光ったりすることになるのです。この現象をチャージアップと呼びます。
 チャージアップを避けるために、試料台にはアルミや真鍮などの金属製のものを使い、試料の固定にも導電性を持った両面テープや銀の粉を練りこんだペーストが使われます。とは言っても、試料そのものに導電性がなければどうしようもありません。加速電圧を下げることである程度チャージアップを減らすことはできますが、機種によって限界があります。そこで、導電性のない試料の場合には、表面にあらかじめ金属の薄い膜を付ける、ということがよく行なわれています。それには普通、スパッタリングという方法が使われます。
 スパッタリングは、真空中でイオン化したガスをターゲットとよばれる金属の板にぶつけて微粒子を叩き出す方法で、SEM観察の妨げにならないような10nm以下の金属微粒子が試料の上に積もって膜を作ります。スパッタリングで具合いがいいのは、イオン化したガスを使う都合上、さほど真空度を上げずに膜作りが行なわれることです。ターゲットから飛び出した微粒子は、途中で気体の分子にぶつかって方向が変えられますから、試料に届くころには方向がバラバラになっており、影の部分にもうまく回り込んでくれるのです。このような特徴があるために、TEM用の試料に影を付けるような用途には使えなかったのですが、SEM用試料に導電性を与える目的には実にピッタリです。逆に高真空中で蒸発した金属がまっすぐに飛ぶ蒸着法では、試料に影を付ける用途には向いていますが、SEM試料の処理には都合が悪いのです。図8に、スパッタリングで作った膜と蒸着で作った膜のイメージを示しておきました。

図8

図8 スパッタリングと蒸着の比較






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