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● 粘弾性の話 ●


粘性と弾性と粘弾性

 「粘性」という言葉はご存知でしょう。微粒子分散系の話でも少し触れましたが、これは、液体などが流れている時に流れの速さが違っている部分があると、それを均一にならそうとする性質です。定義はそうですが、日常的には、液体に棒を突っ込んでかき回した時に感じる抵抗であり、液を垂らした時の流れにくさであるわけです。一方、「弾性」というと、まず思い浮かべるのはバネやゴムでしょう。力をかけて変形させた時に、それに逆らって元に戻ろうとする力が発生する性質です。それでは「粘弾性」は・・・。文字通り、「粘性」と「弾性」の両方を併せ持つ性質、ということになります。とは言っても、「粘性」の方は「流れ」に関する性質ですから、「流れない」固体には関係ありませんし、「弾性」の方は、「変形」に関係する性質ですから、「形」を持たない気体や液体には関係ないはずです。これらを「併せ持つ」とはどういうことでしょうか?
 実は、ほとんどの固体は、わずかながらも内部の構成成分がずれて位置を変え、「流れる」性質を持っているのです。完全な結晶ではこういうことはほとんど起こりませんが、ガラスなどでは、ものすごく長い時間をかければ流れて形が変わる可能性はありますし、プラスティックなどでは、温度が高いと流れて変形することはよくあります。逆に液体でも瞬間的な(短い「時間」のことですね)動きに対しては変形が追いつかず、弾力のある物体として振舞います。ですから、「粘弾性を持つ物もある」どころではなく、「ほとんど全ての物体は粘弾性を持つ」のです。ただ大抵の物体は、「粘性」と「弾性」のどちらか一方が強く現れて、もう一方は目立ちませんから、あまり意識しないだけなのです。
 しかし、中には際立った粘弾性を見せてくれる物もあります。子供のオモチャとして人気のある「スライム」もその一つです。これはポリビニルアルコールという高分子をホウ酸で架橋し、多量の水を保持させて塊にしたものですが、速い動きに対してはゴムのように振舞い、斜面に置いておけば液体のようにゆっくり流れ出します。寒天やゼリーなども、普通は弾力のある固体ですが、放っておくと徐々に変形して行きます。これらはみんな「ゲル」と呼ばれる仲間ですが、この「ゲル」が、普通の環境で粘弾性が最も見えやすい状態、と言えるでしょう。


粘弾性を模型で表す

 粘性の程度は粘度(または粘性率)で表すことができますし、弾性の程度は弾性率(剛性率、バネ定数なども同類です)で表すことができます。どちらも変形(粘度では変形して行く速度、弾性率では変形そのもの)に必要な力で表示します。それでは粘弾性度や粘弾性率なるものはあるかというと、これはありません。なぜなら、粘弾性を持っている物体(粘弾性体)を変形させるのに必要な力は時間と共に変化してしまうので、一つの数値で表すことができないからです。例えば、掌にスライムを乗せて、ぐしゃっと握りつぶしてみましょう。初めは握りつぶすのに力が要りますが、そのうちに握った手の形に馴染んできて、全く力が要らなくなります。また逆に、一定の力を加え続けた場合、初めはあまり変形しませんが、時間と共に徐々に変形が大きくなって行きます。どちらにしても、変形と力の関係は、時間と共に変わって行くのです。というわけで、粘弾性を表すには、必ず時間に関する注意書きを付けなければなりません。というよりも、時間を横軸に、力や変形を縦軸にとったグラフで表すのが普通です。
 言葉だけで説明していてもわかりにくいかも知れませんので、有名なモデル図を使ってみましょう。バネとダッシュポットを使った例のヤツです。弾性部分を受け持つのがバネです。これは説明は要りませんね。一方、粘性部分を受け持つのがダッシュポットです。これは、液体を入れた筒にピストンをはめ込んだようなもので、紅茶を入れるのに使うティーサーバーをイメージすればいいと思います。特徴は、ピストンを速く動かそうとするほど大きな力が必要で、動きを止めると力もゼロになるということで、バネと違って一旦変形したら自力では元に戻りません。
 バネとダッシュポットを縦につないだのがマックスウェル模型です。これをグイッと押し縮めた状態で固定してみましょう(図1)。ダッシュポットは瞬間的な動きには追い付きませんから、初めに縮むのはバネだけです。この縮んだ状態を維持しておくと、縮んだバネがダッシュポットを押し続けますので、次第にダッシュポットが押し込まれ、バネは逆に伸びて行きます。それに伴って、バネが伸びる分だけ、変形を維持するのに必要な力は小さくなって行きます。そして最終的には縮んだ分はすべてダッシュポットに移り、バネは完全に元に戻って、力を加えなくても変形したままになります。これが応力緩和と呼ばれる現象です。(外から力を加える必要があるということは、それと同じ大きさの力で内から押し返してきていることを意味します。このような内からの力を応力と呼びます。)

図1

図1 マックスウェル模型に変形を加える


 それでは、もう一つのパターン、一定の力を加えつづける場合はどうでしょうか。この場合はダッシュポットがどんどん押し込まれますので、変形は一方的に大きくなって行きます。バネの方にはいつも同じ力がかかっていますから、バネ部分の変形も常に一定で、バネがあってもなくても大勢に影響はありません。つまり、粘弾性体ではなく、単なる粘性体の振舞いになってしまうのです。ところが実際の粘弾性体では、一定の力に対する変化はクリープと呼ばれ、普通は変形する速度も変化しますから、模型が示す挙動とは違っています。ということで、一定の力を加えつづける場合の粘弾性体の振舞いは、マックスウェル模型では表現できないのです。
 そこで、クリープを表すには別の模型を使います。何やらご都合主義のようにも見えますが、元々実際とは違った模型で全てを表現しようとするのが無理なのであって、これは仕方がありません。その模型は図2の並列型のもので、フォークト模型と呼ばれます。

図2

図2 フォークト模型に力を加える


 フォークト模型に一定の力を加えると、初めは大きな抵抗に遭います。ダッシュポットが頑張っているからです。しかし、時間の経過と共にダッシュポットもずるずると押し込まれ、次第に変形が大きくなってきます。ところが、先ほどのマックスウェル模型と違うのは、反対側にバネがあることです。ダッシュポットは動き始めるとずるずる動こうとするのですが、バネが突っ張りますので、次第に変形速度は遅くなり、最後にはバネが全ての力を支えて止まるのです。これは、実際の粘弾性体のクリープ現象をよく表しています。
 ところで、先ほどマックスウェル模型にケチをつけましたから、公平を期して、フォークト模型にもケチをつけておきましょう。これに一定の力ではなく、一定の変形を加えたら・・・。実はフォークト模型には瞬間的に変形を加えることはできません。ダッシュポットが動いてくれないからです。というわけで、応力緩和の現象は、フォークト模型では表現できません。
 このようにして、マックスウェル模型とフォークト模型をうまく使い分ければ、粘弾性の特徴を示すことは可能です。大雑把に言って、応力緩和をうまく表現できるマックスウェル模型は液状の粘弾性体を、クリープをうまく表現できるフォークト模型は固体状の粘弾性体を表現するのに適していると言えるでしょう。その中で、バネの要素が強ければ弾性体としての性質が強く現れますし、ダッシュポットの要素が強ければ粘性体としての性質が強く現れることになります。ただし、実際の粘弾性はそんなに単純ではありません。強いバネ、弱いバネ、太いダッシュポットに細いダッシュポット。いろんな要素が複雑に入り組んでいます。そのため、ある速さでグッと押し込んだ場合、一つのダッシュポットはついて行けなくても、別のダッシュポットはちゃんと動く、ということも普通に起こるのです。つまり、変形を加える速さを変えると、それに対する応答も変わって来るということです。これは、単純なマックスウェル模型やフォークト模型で、変形と力の関係が時間的に変化する現象とはまた別のもので、時間変化の仕方がいろいろ違っている成分がたくさん寄り集まっているということなのです。ですから、例えば現実の粘弾性体で応力緩和を調べてみると、図1のような単純な曲線にはならず、傾き加減が違う曲線がたくさん集まって、もっと複雑なカーブになるのです。


温度と時間

 粘弾性を測定するには、何らかの変形を加えて、それに対する力を(あるいは力の時間変化を)計るか、または力を加えて変形を計ります。そのときの変形や力を加える速さが変わると、それに対する応答が変わる、ということは先に説明しました。速い変形に対しては、ついて行けるダッシュポットが少ないので、バネの要素ばかりが目立って、弾性体のように振舞いますが、変形がゆっくりになって来ると、弱いダッシュポットから徐々に変形できるようになってきますので、粘性の性質が見えてくるようになる、ということです。これと同じことが、温度を変えた場合にも起こります。大抵の物は、冷やすと硬く、暖めると柔らかくなりますね。これは、温度が高いほど、物質を構成している原子や分子が互いに動きやすくなり、変形しやすくなるからで、粘性の要素が大きくなる結果と言えます。モデルで言えば、温度を上げるとダッシュポットの中の液がサラサラになって抵抗が小さくなるので、より速い動きにも付いて行けるようになる、ということです。その結果、同じ速さで変形を加えた場合、温度が高いほど粘性の性質が際立つのです。
 このことは、言い方を変えると、速い変形を加えて測定することと、変形は遅いままで温度を下げて測定することが同じ結果になる、ということでもあります。つまり、高速=低温、低速=高温、ということです。このことは実験的にも確かめられていて、粘弾性の大きな特徴の一つとなっています。


動的粘弾性

 これまでは、「一定の変形」とか「一定の力」をかけた時の様子を見てきました。これはこれで大切な情報なのですが、前にも書いたように、現実の粘弾性体はたくさんのバネやダッシュポットがつながっていますから、変形や応力がじわじわ変化するような測定結果を基にして何らかの数値を引き出す、というのは結構大変です。これに対して、押し縮めたり引き伸ばしたりを繰り返し行なう方法を使うと、案外簡単に、きれいな解析結果が得られる場合が多くあります。このような周期的な変形や力を加えた時の応答を、「動的粘弾性」と言います。ちょっと考えると、一定の変形や力を加えるよりも、周期的に変化する変形や力を加えるほうが複雑なように思えるかもしれません。しかし、実際にやってみると、「動的粘弾性」の方がはるかに扱いやすいのです。
 例えば、図3のような装置を使って試料を押し縮めたり引き伸ばしたりを繰り返す場合を見てみましょう。試料に加える力は、図中に赤の線で示すように、時間の経過に伴って波形に変化させます。もし、この試料がバネだったら、押せば縮むし、引けば伸びますから、変形の時間変化は、図の青線のように力と同じ形の波になるはずです。それでは、もしも試料がダッシュポットだったらどうでしょうか。ちょっとわかり難いかも知れませんので、グラフの左端から変化を追ってみましょう。まず初めに上向きの力がかかります。すると、ダッシュポットは図の緑の線のように徐々に上に伸び始めます。上向きの力はどんどん大きくなりますから、ダッシュポットの伸びも一段と速くなり、緑線の傾きが急になります。力が最大に達した時(赤線の波の頂点)、ダッシュポットの伸びの速さ、つまり緑線の傾きも最大です。ここから力は減少に転じますが、依然として上向きの力がかかっていることに変わりはありませんから、伸びは鈍化するものの、ダッシュポットは相変わらず伸びつづけます。しかし力がゼロになってしまうと、ダッシュポットの動きも止まってしまいます。これが緑線の頂点に当たります。ここを過ぎると、力はマイナス、つまり下向きに変わります。そのためダッシュポットの動きも下向きに変わり、変形は小さくなり始めるのです。以下、下向き、上向きに同じパターンを繰り返し、図の緑線のような、波長が1/4だけずれた波が描かれるのです。

図3

図3 バネとダッシュポットの動的粘弾性


 ダッシュポットに特徴的な要素として、周波数を変えると大きさが変わる、ということがあります。バネの方は、変化の速さに関係なく、強い力をかければ大きく変形するし、力が弱ければ変形も小さくなります。しかしダッシュポットの方は、速く変形させようとすればそれだけ強い抵抗に遭いますから、強い力が必要になりますし、逆に力を速く変化させると、抵抗が大きいので、あまり変形しないということなります。この様子を図4に示しました。

図4

図4 周波数による、バネとダッシュポットの振舞いの違い


力の大きさ(振幅)が同じならば、周波数が高くても低くても、バネの変形幅は同じです。これに対してダッシュポットでは、周波数が高くなると変形幅が小さくなるのです(逆に、同じ変形幅にしようとすれば、もっと強い力が必要になります)。
 弾性体(バネ)と粘性体(ダッシュポット)のそれぞれの動きはわかりました。それでは次に、粘弾性体の振舞いを見てみましょう。最も簡単なケースとして、図1のマックスウェル模型を考えます。これに周期的に変化する力を加えると、その力はバネにもダッシュポットにも同じようにかかりますから、それぞれ図3のパターンで変形するはずです。その結果、全体の変形は、図5のように、この両方を足し合わせたものになります。

図5

図5 マックスウェル模型の動的粘弾性


 同じ波長の波を足し合わせた場合の特徴として、足し合わせた結果も、同じ波長の、位置が少しずれた波になっています。力の波と比べた時の位置ずれの程度は、図5からもわかるように、バネの要素が強い場合には小さく、ダッシュポットの要素が強い場合には大きくなります。バネ100%の場合は位置ずれはゼロ、ダッシュポット100%の場合は位置ずれは1/4波長ですから、粘弾性体では必ずこの中間になるのです。
 現実の粘弾性体は、もっといろいろな強度のバネやダッシュポットの集合体と考えられるわけですが、その場合も、結果的には図5と同じような波のパターンになります。ですから、どんなバネやダッシュポットが含まれているかを考えなくても、とりあえず、全体としてバネ(つまり弾性体)の要素がどのくらい含まれていて、ダッシュポット(つまり粘性体)の要素がどのくらい含まれているか、ということは知ることができるのです。これが動的粘弾性のいいところです。
 実際の測定では、温度や周波数を変えて弾性要素、粘性要素を求めるのが普通です。こうすることで、その試料に含まれている弾性要素、粘性要素がどのようなものかを知ることができます。現実的には、周波数を何桁も変えて測定するのは大変なので、周波数は一定にして、温度を変えて測定します。前に書いたように、粘弾性に対する温度と時間(つまり周波数)の影響は同じなので、温度だけ変化させれば十分なのです。
 このようにして測定した例を図6に示しておきました。これは、プラスティックなどによく見られるパターンで、横軸は温度、縦軸は弾性要素と粘性要素の大きさを表しています。縦軸は対数表示する場合も多いのですが、ここでは対数にせずに表示していますので、他の本などに載っている図と、見た目が違っているかもしれません。

図6

図6 プラスティックの典型的な動的粘弾性


 よく冷えた状態では弾性要素が圧倒的で、要するにカチンコチンの状態です。ところが、あるところから柔らかさが出てきて、弾性が小さくなり始めます。このまま素直に弾性が小さくなるかというとそうでもなく、途中で一旦平らになり、最後に一気に柔らかくなって流動状態となっています(このようにならない物質ももちろんあります)。途中で平らになるのは、鎖状の分子同士が絡み合って、ゴムのような状態になっているからです。ゴムというものは、熱が加わると分子鎖がより激しく絡み合って縮もうとする性質があり、その結果全体が硬くなろうとします。この硬くなる要素と、通常の温度を上げると柔らかくなる要素が打ち消しあって、トータルでは弾性があまり変化しないように見えているのです。
 このような弾性の変化に対して粘性は少し複雑な動きをします。低温ではほとんど流動性がないので、粘性の要素は小さいですが、少し温度が上がって柔らかくなり始めると、粘性要素は急に大きくなります。ところが、それ以上温度が上がると再び粘性が低下します。弾性と粘性で逆の形になることを期待されていたかもしれませんが、そうではありません。でも、よく考えてみれば当然のことです。温度が高くなればより柔らかく、流れやすくなりますから、粘度は下がるのです。同じような粘性要素の増減が、ゴム領域から出る部分でも見られています。
 この例では弾性要素、粘性要素が大きく変化する部分が2箇所現れていますが、材料によってははっきり現れなかったり、1箇所だけだったり、また3箇所以上だったりします。いずれにしても、粘弾性の大きな変化というのは、その物質を構成する原子や分子が大きく運動を始める領域に対応しており、それが枝葉の小さな動きであったり、メインの鎖の大きな動きであったりすることで、違った温度領域に、違った大きさで現れるのです。


電気回路と粘弾性の比較

 これまでの説明で、電気回路の知識がある方(あるいは、本サイトのインピーダンスの話を読んだ方)ならばもう気付いていると思いますが、抵抗と容量から成る電気回路と、粘弾性とはそっくりなのです。図1や図2の部分は直流回路に相当しますし、動的粘弾性の部分は交流回路とほとんど同じ扱いです。本サイトでは数式は使っていませんが、実際に数式を使って表現すると、この両者は全く同じ形になることがわかります。そこでオマケとして、電気回路と粘弾性の対応する要素を並べておくことにします。

電気回路 粘弾性
電圧 変形(歪み)
電流 力(応力)
抵抗 1/弾性率
容量 粘度

 弾性率だけが逆数になっていますが、抵抗の方を導電率にしてしまえば、逆数にしなくても済みます。このように、各要素がみごとに一対一に対応しています。ただし、一つだけ決定的な違いがあります。それは、電気回路の場合、抵抗はエネルギーを消費する要素で容量はエネルギーを蓄える要素ですが、粘弾性の場合は逆に、弾性がエネルギーを蓄える要素で、粘性がエネルギーを消費する要素であることです。この点を考慮して、電圧-応力、電流-歪み、という対応関係にする場合もありますが、ここでは単純に直列、並列の時の式の形が同じになるということから、上の表のようにしておきました。



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