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要  約



 本論文は、強磁性コロイド粒子の有機溶媒中における分散性に関して、主として粒子表面に形成された樹脂吸着層に着目して、実験的および理論的に研究した結果をまとめたものである。磁性粒子としては、実用上重要な針状γ-酸化鉄粒子、および板状バリウムフェライト粒子を用い、分散剤としては、一般的な熱硬化性樹脂であるエポキシ樹脂を用いた。
 非常に凝集しやすい性質を持つ磁性粒子を、静電気的な反発力が働かない有機溶媒中に分散させるには、立体反発力を発生するような樹脂吸着層を粒子表面に形成することが必要である。第1章では、このような樹脂吸着層の形成に要求される条件や、吸着した樹脂が磁性粒子の分散性に与える影響について検討した。分散液の調製過程で、磁性粒子と樹脂とを高温、高剪断力で混練するほど吸着樹脂量が増加することから、樹脂吸着層の形成には機械的な剪断力と高い温度の両方が必要であることが明らかになった。剪断力は粒子の凝集塊を破壊する効果があり、温度は樹脂を粒子表面に化学結合させるのに必要な熱エネルギーを供給するものと推定された。このようにして吸着した樹脂は後から別の樹脂を添加しても置換されず、溶媒で希釈しても脱離しなかった。また粘度や沈降速度の測定、TEM観察などから、樹脂吸着層が磁性粒子の分散安定化に有効に働くことを確認した。
 通常の樹脂吸着量の測定では、吸着層に取り込まれた溶媒は無視されている。そこで第2章では、Rehacekの手法を用いて、吸着層中の溶媒も考慮した樹脂吸着層の解析を行なった。この手法は、吸着層を除いた液バルクの組成を調べることによって、吸着層中の樹脂量、溶媒量を求めるもので、希釈しても脱離しない化学吸着に対しては特に有用である。解析の結果、真の吸着樹脂量、吸着層中の溶媒量、吸着層の膜厚などの値が得られた。また、樹脂溶解性の高い溶媒を分散媒として用いると、吸着層に多量の溶媒が取り込まれて厚い吸着層を形成することなど、溶媒中での吸着層の状態を明確にすることができた。さらに樹脂分子量の影響についても検討し、高分子量の樹脂は吸着重量が多いだけでなく溶媒を多く含んだ厚い吸着層を形成するため、粒子の分散性を改善する効果が大きい、ということを明らかにした。
 このようにして樹脂吸着層の評価を行なった磁性粒子分散液に関して、第3章では、Casson式を適用した粘度特性の解析を行なった。粘度を解析するに当って、磁性粒子とその表面の樹脂吸着層(溶媒も含む)を合わせたものを固体分散質、残りの樹脂溶液を分散媒と考え、高分子溶液でよく用いられる相対粘度、換算粘度の概念を適用した。その結果、これらの粘度値を固体成分の体積分率で整理すると、種々の条件に左右されることなく粘度特性を統一的に解釈できることがわかった。Cassonの降伏値に関しても同様の解析が可能で、固体成分体積分率が分散液の粘度特性を決定する主要因である、と結論できた。体積分率の増加に伴う粘度、降伏値の上昇は非常に急激であり、粒子間相互作用が極めて大きいことが推察された。しかし分散性の良好な試料では、磁性によると思われる相互作用は顕著には粘度特性に現れず、降伏値や高濃度領域における粘度値に磁性の関与の可能性が示唆される程度であった。
 以上の実験的研究に加えて、第4章では磁性粒子の分散・凝集現象を粒子間相互作用の理論的な計算によって解析することを試みた。静電的な相互作用がない場合、粒子間相互作用エネルギーは、磁気的エネルギー、樹脂吸着層による立体反発エネルギー、van der Waalsエネルギーに分けられる。磁気的エネルギーは、粒子を約200個の要素双極子を持つセルに分割し、それらの相互作用を積算することによって求めた。立体反発エネルギーは、吸着層が重なった領域の樹脂濃度の増加が反発力の起源であるとするBagchiの理論を援用して計算し、またvan der Waalsエネルギーは平板間の式を適用して求めた。これらの計算の結果、粒子間ポテンシャルにはごく近距離に1次の極小、その外側に立体反発による極大、さらに外側に2次の極小があり、粒子の凝集は主として2次極小の所で起こることが推察された。また粒子の形状や大きさ、吸着層膜厚、磁化量、吸着樹脂分子量などを変化させてポテンシャルエネルギーを計算し、粒子の分散安定性を検討したところ、計算結果によって実験事実を半定量的に説明することができた。



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