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付記1:半導体/溶液 界面の理論1-11)



 半導体には、真性半導体を別にするとn型とp型があるが、ここではn型の場合を例にとって述べることにする。半導体を溶液に浸した場合、その溶液の酸化還元電位,Eredoxと、半導体のフェルミレベル,EFとのエネルギー的な位置関係によって、二つの異なる状態が現れる。その一つはEredoxEFよりも負である場合である(図A-a)。この場合には溶液から半導体の伝導帯へ電子が流れ込む(正確には、溶液から半導体へ入る電子の数の方が、半導体から溶液中へ出て行く電子の数より多い)。その結果、溶液中に残された正電荷は、溶液の電気伝導度が充分に大きいと界面付近に集中し、ヘルムホルツ面上に並ぶ(溶液の電気伝導度が低い場合には、液バルクの方へ広がって分布する)。一方、半導体内に注入された電子は、伝導帯中で金属中の自由電子と同じようにふるまう。従って、これらの電子は溶液中の正電荷を打ち消すために界面付近に集中し、半導体内部には電場を生じない。言い換えれば、溶液と半導体の電位差はすべて界面のヘルムホルツ層での電位降下で補償される、ということになる。この状態では、半導体/溶液界面には電気的なエネルギー障壁は存在せず、一般のオームの法則が成立する。このような接触をオーミック接触と呼ぶ。これに対して、EredoxEFよりも正である場合には状況が全く異なる(図A-b)。この場合には、電子は半導体の伝導帯から溶液中に注入される。溶液中の負電荷は、オーミック接触の場合の正電荷と同様に分布するが、半導体中の正電荷は、不純物準位、即ちn型の場合はドナー準位に固定される。なぜなら、この正電荷は電子が抜けたあとに残されたものであり、その電子はドナー準位に由来するものだからである。そして、このドナー準位は密度が限られているため、正電荷は界面からかなりバルクの方へ広がった分布をとることになる。このことを具体的な数値を用いて計算してみる。溶液中の負電荷を1nm2あたり1個とすると、その電荷密度は1018m-2である。(界面に電荷が集中している場合を仮定している。溶液中の電荷が広がって分布している場合でも、問題になるのは総電荷数であるから、以下の計算に影響はない。)一方、半導体側のドナー密度は一般に1021〜1025m-3程度であるから、正電荷は界面から10-3〜10-7mにわたって分布することになり、この部分では電荷は徐々に変化する結果となる。この部分を空間電荷層と言う(図A-b)。これに伴って半導体の価電子帯、伝導帯も曲がることになり、その曲がりの深さ、即ち界面とバルクの電位差は、EFEredoxとの接触前の差に等しい(実際にはヘルムホルツ層内の電位降下も起こっているが、これはバンドの曲がりに相当する電位降下の1%にも満たない)。このような接触をブロッキング接触と呼び、バンドの曲がりとして存在する障壁をショットキー障壁と呼ぶ。

図A

図A 半導体と溶液の接触
a. EF > Eredoxの場合、 b. EF < Eredoxの場合



 ショットキー障壁が存在する場合には、半導体/溶液界面は整流作用を示す。その様子を図Bに示してある。半導体に正の電荷をかけても、溶液中の電子は伝導帯に入れず、また正孔も存在しないので価電子帯にも入れない。即ち、電流は全く流れない。しかし、負の電位をかけていくとショットキー障壁がしだいに低くなり、バンドが水平になったところで、カソード電流が急激に立ち上がることになる。この時の電位をフラットバンド電位、Ufbと呼ぶ。図B-cに、電流-電位曲線を示しておく。このような曲線を描くことによって、Ufbを求めることができる。

図B

図B 半導体/溶液 界面の整流作用
a. 正バイアス(逆バイアス)、 b. 負バイアス(順バイアス)、 c. 電流-電位 曲線



 次に、空間電荷層の数学的取り扱いについて述べる。半導体/溶液界面を基準にして、そこから半導体バルク方向をx軸にとる。半導体内部の電位 U は、その内部の電荷によって、次のPoissonの式に従って変化する。

   d 2U/d x2 = eN/ε0ε   (1)

ここで、eは電気素量、Nはドナー密度、ε0は真空の誘電率、εは半導体の比誘電率である。空間電荷層の厚さを d とすると、x = d のとき、d U/d x = 0 であるから、

   d U/d x = (x - d)eN/ε0ε   (2)

半導体のバルクの電位を U0とすると、x = d のとき、U = U0 であるから、

   U = (x - d)2eN/2ε0ε + U0   (3)

空間電荷層内では、電位は、界面からの距離の二乗に比例して変化することがわかる。また、x = 0 に於ける電位(これはUfbに相当する)は、(3)式より、U0 + eNd2/2ε0ε で与えられるから、界面(x = 0)とバルク(x = d)との電位差、ΔUは、

   ΔU = d2eN/2ε0ε   (4)

となる。このΔUはバンドの曲がりの深さを表している。空間電荷層は電荷を蓄えるという意味で、一種のコンデンサーであると言える。従って、電気量 Q と電位差ΔUが決まれば、容量 C を決定できるはずである。ところが、ΔU が変化すると、(4)式に従って d がΔU の平方根に比例して変化し、また、Q = eNd であるから、Qd に比例して変化する。そのため、C の値もΔU の平方根に反比例して変化してしまうことになる。そこで、次のような微分容量 Cd を定義する。

   Cd = d Q/d ΔU   (5)

Q = eNd であり、また(4)式から d = (2ε0εΔU/eN)1/2 であるから

   1/Cd2 = 2ΔU/eNε0ε = 2(U0 - Ufb)/eNε0ε   (6)

となる。Cd はインピーダンスブリッジ等を用いて測定できるので、U0 を変化させて Cd を測定し、1/Cd2U0 に対してプロットすれば(Mott-Schotkey plot)、N 及び Ufb を決定できる。この方法を用いれば、電流-電位曲線の立ち上がりから求めるよりも正確に Ufb を決定できるが、この場合でも測定に用いる交流の周波数によって結果が異なる、といった問題点も指摘されている。
 以上のことはすべて暗状態での半導体/溶液界面の状況を説明したものである。半導体を光照射すると、ショットキー障壁が存在する場合、種々の特徴的な現象を示すようになる。そこで次に、光照射下での半導体/溶液界面の挙動について述べることにする。半導体は、それぞれの物質に特有なバンドギャップを持っている。そのバンドギャップよりも大きなエネルギーを持った光を照射すると、価電子帯中の電子がその光エネルギーを吸収して伝導帯に励起され、価電子帯中には正孔を残す。この時、ショットキー障壁が存在すると、その電場により、電子は半導体バルクへ、また正孔は界面へ移動し、ここに電荷の分離が生じる。半導体が孤立して溶液中に存在している場合には、光照射を続けると、バルクには電子が、そして界面付近には正孔が蓄積して行くため、半導体のEfが負の方向に動いて、バンドの曲がりが小さくなる(図C-a)。こうなると、半導体内部の電場が小さくなるため、電子-正孔対の分離能力が落ち、一度生成した電子-正孔対が再結合する割合が増加して、光による生成とつり合ったところで定常状態に達する。従って、光を十分強くしさえすれば、バンドが水平になるところまで電位を上げることは理論的には可能である。しかし実際には様々な要因があり、ここまで電位を上げることはできない。この電位の上昇分は開放電圧、或いは開回路電圧と呼ばれ、この値は、同じ溶液中に浸した白金等の電極との電位差として測定できる。この開放電圧、VOC は、その半導体/溶液界面で起こし得る最大の電圧であることは、上に述べたことから明らかである。

図C

図C 光電圧、光電流の発生
a. 開放状態、 b. 短絡状態

 一方、同じ溶液中、或いは電気的に連絡のある別の溶液中に浸した他の電極と半導体とを外部回路で短絡した場合、分離した電子-正孔対は半導体から出て行く、即ち電子は外部回路を通って対極へ移り、そこから溶液中へ入り、正孔は界面を通して液中へ入るか、或いは半導体表面を酸化して消失する。このようにして光生成した電子、正孔は、電流として回路を流れることになり、半導体内部には蓄積されないので、半導体のバンドの状態は元のままである。即ち、両極間に電位差はない。この状態で得られる光電流を短絡電流、ISH と呼び、これは生成可能な最大の電流である(図C-b)。
 外部回路に抵抗を挿入すると、電流がその抵抗値に応じて抑えられるため、半導体内に電子、正孔が蓄積され、電位差が生じるようになる。そこで、外部回路の抵抗を変えながら両極間の電圧と電流を測定して行くと、図D-aのような光電流-光電圧曲線を描くことができる。

図D

図D 光電流-光電圧 曲線
a. 外部抵抗を利用した場合、 b. 外部起電力を利用した場合



出力は光電流と光電圧の積で与えられるから、図中の斜線の部分の面積で表される。従ってこの部分の面積が最大になるような位置が存在し、その時の外部抵抗の値も決定できる。その点の電流、電圧を ImaxVmax とすると、最大出力 Wmax = Vmax × Imax は、曲線の形が長方形の二辺に沿った形になるほど大きくなり、その程度を表す値として、f.f. = Wmax / (VOC × ISH) を定義することができる。この値はフィルファクターと呼ばれ、半導体/溶液界面を利用した光電気化学セルに於いては比較的大きいもので0.5〜0.6という値が得られている。
 一般には、電流-電圧曲線を測定するには、上述のような外部抵抗を変えるという方法はあまり行なわれず、外部回路中に光電圧と逆の方向の起電力を挿入する、という方法が採られる。つまり、I-U 曲線と同じ要領で、横軸に電位ではなく電圧をとるわけである。この曲線の暗時と光照射時との対比を図D-bに示してある(実際にはこのような平行移動にならない場合も多い)。光照射時の曲線の縦軸切片は図D-aと同じ短絡状態であり、ISH を表す。一方、横軸切片はバンドの曲がりがなくなった状態であるから、開放状態と全く同じであり、これが VOC を表すことになる。
 一般に、半導体の表面には結晶構造の乱れや、欠陥、結合の切れた部分等が存在し、バルクとは異なるエネルギー状態にある。これらの中にはドナーやアクセプターとして働くものがあり、そのために、これまで述べてきた理想的なモデルでは説明できないような現象を示すことがある。以下に、このような表面準位が存在する場合について述べる。
 n型半導体のバンドギャップ中に表面準位が存在すると、その表面準位も一種のフェルミレベルを持っていると考えられるので、バルクのフェルミレベルとの差をなくすために、バルクから表面準位に電子が移動する。その結果、半導体/溶液界面で生じたのと同じような空間電荷層を生じ、空気中でもバンドの曲がりを引き起こす。この状態を、フェルミレベルが表面準位の位置に固定される、という意味で、Fermi Level Pinning と呼ぶ。このようになっている半導体を溶液中に浸した場合のバンドモデルを図Eに示してある。

図E

図E 表面準位が存在する場合の半導体と溶液の接触



図ではヘルムホルツ層部分を大幅に広げて描いている。表面準位がない場合は、既に述べたように、半導体中の正電荷はかなり深くまで分布する。これに対して、表面準位が多量に存在する場合には、溶液との電子のやり取りはほとんど表面準位が行なうので、空間電荷層に新たに電荷が導入されることはなく、バンドの曲がりには変化を生じない。溶液から注入された正電荷はすべて表面準位のところにあり、これで溶液中の負電荷を遮蔽してしまうのである。従って半導体の EF と溶液の Eredox との接触前の差は、ヘルムホルツ層中の電位降下で完全に補償されることになる。このような状況は、EredoxEF よりも負の値になっても変わらず、本来はオーミックな接触になるような場合でも、一定のバンドの曲がりが保持される。その様子を図Fに示す。

図F

図F 種々のEredoxを持つ溶液と半導体との接触
上段:表面準位なし、 下段:表面準位あり



 この図から明らかなように、理想的な界面のモデルでは UfbEredox によらず一定で、VOCEredox に比例して変化する(ただし、EredoxEF ではオーミックであるから、VOC は 0)。一方、Fermi Level Pinning の状態では、逆に UfbEredox に比例して変化し、VOC は一定になる。これは、半導体表面に金属を付けて、半導体/金属界面でショットキー障壁を生じさせ、これを溶液中に浸した場合とほとんど同じ状況である。しかし、表面準位が少ない時には、Fermi Level Pinning は不完全で、Eredox の変化の影響は空間電荷層にも部分的に及び、UfbVOC も、両極端のモデルの中間の挙動を示すことになる。
 この Fermi Level Pinning を定量的に扱うことも試みられている11)。空間電荷層と表面準位を、並列につながった二つのコンデンサーと見なし、その容量に応じて半導体に注入された電荷が分配される、と考える。それぞれの容量をドナー密度や表面準位密度から見積もり、表面準位に蓄えられる電荷が空間電荷層に蓄えられる電荷よりも大きくなれば、Fermi Level Pinning の現象が現れ始めるのである。計算の詳細は省略するが、表面準位密度が 1012cm-2 程度になると Fermi Level Pinning が起こる、ということが示される。表面の原子数は約 1015cm-2 であるから、表面原子の0.1%程度の表面準位が存在すると問題になり始め、1%になると、ほぼ完全なFermi Level Pinning の状態が現れることになる。ただし、実際のコンデンサーの場合は、電圧を上げれば(理想的には)いくらでも電荷を蓄えることができるのであるが、表面準位では数に限りがあるため、それができない。従って、溶液の Eredox の値によっては、一定の容量を持つコンデンサーでは近似できないこともあり得る。つまり、上の計算には全く加味されていない Eredox の影響も実際問題として起こってくるであろう。


参考文献

1)坪村 宏, "光電気化学とエネルギー変換", 東京化学同人 (1980)
2)田村英雄, 松田好晴, "現代電気化学", 培風館 (1977)
3)長 哲郎 編, "電極反応の基礎(共立化学ライブラリー(5))", 共立出版 (1973)
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6)高木克己, 山田祥二, "半導体光物性(電子科学シリーズ(8))", 産報出版 (1965)
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8)橋口隆吉, 近角聰信, "薄膜・表面現象(材料科学講座 6)", 朝倉書店 (1969)
9)C.Kittel, "固体物理学入門 上・下", 宇野良清, 津屋 昇, 森田 章, 山下次郎 共訳, 丸善 (1974)
10)H.M.Rosenberg, "固体の物理 上・下(オックスフォード物理学シリーズ 9)", 山下次郎, 福地 充 共訳, 丸善 (1977)
11)A.J.Bard, A.B.Bocarsly, F.F.Fan, E.G.Walton, M.S.Wrighton, J. Am. Chem. Soc., 102, 3671 (1980)



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