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● ハードディスクの話 ●


ハードディスク今昔

 ハードディスクと言えば、今では家庭用のDVDプレーヤーや携帯音楽プレーヤーなどの家電製品にも入っているデータ記録装置ですが、その昔はとてつもなく大型で高価な代物でした。昔といってもそんなに歴史は古くはありません。最初のハードディスク装置が登場したのが1956年ですから、わずか50年ほど前の話です。その時の装置は直径24インチ(約60cm)という巨大な円板を何十枚も使い、大型の洋服ダンスぐらいの大きさがありました。この大きさで、記憶容量はたったの5メガバイト足らず(ギガではなくてメガです)。フロッピーディスク4枚分です(もちろん当時はフロッピーディスクなどはありません)。その後、着実に記録容量は増加して行きますが、私がハードディスクにかかわっていた1980年代後半でも、やはり洋服ダンスサイズで数ギガバイトでした。このころのディスクサイズは直径10〜14インチ。主に大型計算機の記憶装置として、銀行の預金データ管理などに使われていました。パソコン用の小型のハードディスクが本格的に登場したのもこのころです。私が使っていたMacintosh SE/30にも、40メガバイトのハードディスクが搭載されていました。今ではソフト一個でパンクする程度の容量ですが、これでも当時としてはかなり先進的なマシンだったのです。
 その後のハードディスクがどうなったかは、このページを見ている方ならご存知でしょう。ポケットに入る大きさで、数ギガバイトは当たり前の時代になってしまいました。値段の方も、洋服ダンスサイズで何千万円もしていたのが、今や同じ記録容量のものが数万円で買えるのです。基本構造を変えないで、これだけ性能が激変した機械も珍しいのではないでしょうか。


ハードディスク装置の基本構造

 実際にハードディスクの中身を見た人は少ないかもしれませんが、絵や写真などでは時々目にすることがあります。一応基本ですから、図1に示しておきましょう。

図1

図1 ハードディスク装置の一般的な構成


 直径14インチの大型ディスクであろうが、直径1インチ以下の超小型ディスクであろうが、基本的な装置の構成は同じです。情報を記録する磁性膜を付けたディスクを回転させ、ディスクの半径方向に駆動できる磁気ヘッドで情報の読み書きを行ないます。ディスクの枚数は、大型機では8枚とか10枚というものもありますが、小型機では1〜4枚が普通です。さらに大型機ではこのような装置が複数台セットになって一つの装置を構成する形になっています。
 図1の装置ではヘッドは左右にスライドするようになっていますが、これは一部の大型装置に使われている方式で、5インチ以下の小型ディスクではヘッドを支える部分を回転させて、ヘッドを円弧を描くように動かす方式が採られています(円弧状に動かすとヘッドのディスクに対する角度が内周側と外周側で変わってしまい不利な面もあるのですが、回転方式の方が構造が簡単で小型化しやすい、という利点があります)。ディスクの回転速度は、昔の装置では1分間に3000回転程度でしたが、最近は4000〜10000回転と速くなっています。
 情報はヘッドから出る磁界でディスクの磁性体を磁化することで記録し、再生時には磁化したディスク表面から漏れ出る磁界をヘッドで読み取るわけですが、その磁界はかなり微弱なものですから、ヘッドとディスクはできるだけ近付けることが必要です。ところが、ディスク表面はまっ平らではありませんし、回転させればある程度は上下に振れますから、ヘッドをサブミクロンの距離に機械的に保持するのはまず不可能です。そこで画期的な方法が考え出されました。それが「浮上ヘッド」です。ヘッドをバネ仕掛けでディスクに軽く押し付けておき、ディスクの回転に伴って起こる風の力で浮き上がらせるのです。ヘッドの風上側の下面は図1の拡大図のように斜めにカットされており、空気がヘッドの下側に滑らかに流れ込むようになっています。浮上の高さは、ヘッド裏面の空気圧を受ける部分の面積や形、支持バネの強さ、ヘッドの取り付け角度などで調整されます。この方式により、ディスク面が少々あばれても、ヘッドがそれに追随してほぼ一定の間隔を維持できるのです。
 私がハードディスクに関わっていた80年代後半では、約5mm角のヘッドを0.3μm程度の間隔で浮上させていました。この状況を例えるのに、よくジャンボジェットが引き合いに出されます。全長5mmのヘッドを全長80mのジャンボジェットになぞらえるのです。すると0.3μmの浮上高さは、約5mmとなりますから、ジャンボジェットが地上5mmで飛んでいることに相当するわけです。これはとんでもない話です。ジャンボジェットを地上5mmで飛ばすなど到底不可能。もしディスク上に髪の毛でも落ちていたら、それは直径1m以上の巨大な丸太が転がっていることになってしまうのです。最近ではヘッドの浮上高さはさらに下がって0.01μmなどという数字も出ていますから、ジャンボジェットの飛行高さは1mm以下。いかに凄まじい世界であるかが想像できるでしょう(ここまで来ると本当に「浮いている」と言えるのかどうかすら怪しくなりますが)。こうしてみると、ハードディスクがブンブン回っている最中に衝撃を与えることがどれほど危険なことかが理解できると思います。


塗布型ディスクとスパッタディスク

 さて、ハードディスク装置の全体像がわかったところで、個々のパーツを少し詳しく見てみましょう。まずはディスクです。
 フロッピーディスクや磁気テープでは、ポリエステルのフィルムの上に磁性膜を付けますが、ハードディスクではアルミやガラスの板の上に付けます。フロッピーディスクなどと比べて遥かに高密度のデータを高速に読み書きしますから、厳しい寸法精度や高速回転が要求され、ペラペラのフィルムでは信頼性が確保できないのです。磁性膜としては、以前は磁性を持った微粒子を接着剤となる樹脂と混ぜて塗布したものが使われていました(塗布型ディスク)。音楽用のカセットテープやフロッピーディスクと同じようなものです。一個一個の磁性粒子が磁石であり、これをNSまたはSNの向きに磁化させることでデータを記録します。図2で、N極が左向きの粒子の集団と、右向きの粒子の集団がありますが、同じ向きが続いている部分が「0」を、向きが変わる部分が「1」を表すのです。

図2

図2 塗布型ディスクの磁性膜の状態


 性能を出すためには、磁性膜は、薄く、平滑に作ることが必要です。膜が厚いと、ヘッドによって下の方まで磁化することができなくなり、狙った方向に磁化していない部分が下に残って悪影響を及ぼします(記録した磁化に引きずられて下の方に逆方向の磁化が発生し、肝心の記録磁化を弱めたり、前に記録した上から新たに別の信号を記録し直した場合に下の方に前の記録が残って、読み取る時に邪魔をしたりします)。実際の膜厚は1μmの数分の1といったところです。また、この膜のすぐ上をヘッドが飛ぶわけですから、表面は平らに、鏡のようにしなければなりません。あとから磨くのでは限界がありますので、塗布しただけである程度の平滑性を持たせることが必要なのです。
 さらに、同じ面積にたくさんの情報を記録しようとすれば、同じ方向を向いた粒子の集団の大きさを小さくしなければなりません。そのためには、できるだけ小さな粒子を高密度に詰め込むことが要求されます。図2の下側に模式的に示したように、粒子が小さくなるほど境界のギザギザが小さくなって、「1」と「0」の信号がはっきり区別できるようになり、それだけ密に信号を記録できるのです。
 このような磁性膜を作るには、磁性粒子と樹脂とを溶剤の中で混ぜて塗料にし、回転させたドーナツ型の円板上にこの塗料を垂らして塗布する、というスピンコート法が使われます。言葉で書くと簡単そうですが、なにせ一個一個が磁石である微細な粒子をバラバラにほぐして塗料にするわけですから、一筋縄では行きません。このあたりの難しさの一端は、博士論文の中にも書いているので、興味のある方はごらんください。
 塗布型のディスクには、磁性粒子の他に、ヘッドとぶつかっても破損しないようにアルミナなどの硬い粒子が含まれているのが普通です。また膜の表面には、やはりヘッドとぶつかったときの影響を小さくするために、フッ素系の有機物から成る潤滑剤が塗られています。
 これに対して最近のハードディスクの磁性膜は、ほとんどがスパッタ法(真空中に置いた原料にアルゴンなどのイオンをぶつけて原料物質を叩き出し、基板の上に積もらせる方法)で作られたもので、コバルトやクロムを主成分とする合金の薄膜です。塗布型のディスクでは磁性粒子が樹脂の中にばらばらに存在しているのに対して、全体がひとつながりの連続膜、ということで「連続媒体」などとも呼ばれます。ところが細かく見ると、実際には一様な連続膜ではありません。膜全面が図3のように微細な領域に分かれており、これを少し組成の違った層が取り囲む構造になっています(スパッタで磁性膜を付ける時に温度などの様々な条件を調整することで、このような構造ができあがります)。このようにして区切りをつけてやらないと、記録したデータどうしが影響し合って、きちんと記録できないのです。この微細な領域は塗布型ディスクの磁性粒子よりも小さく、密に詰まっていますので、同じ面積にたくさんの情報を記録するのに有利です。ただ、塗布型のディスクでも、粒子をどんどん小さくして多く詰め込んで行けば、(技術的な問題は別にして)結局はスパッタディスクと同じような構造になる、ということもできるでしょう。さらに最近では、スパッタディスクの磁性膜を本当に細かく分離してしまう方法も研究されています。行き着く先は同じだったのかもしれません。

図3

図3 スパッタディスクの磁性膜の状態


 スパッタディスクでは磁性膜を薄くするのは簡単です。ところが、膜が薄い上に塗布型のように補強材を混ぜることもできませんから、このままではちょっとヘッドが触れただけで壊れてしまいます。そこで磁性膜の上にカーボンの保護膜を付けて補強するのですが、それでもなかなか十分な強度が出ませんでした。スパッタディスクが長らく主流になれなかったのも、この強度の問題があったからです。特に信頼性が要求される大型装置では、1980年代はほとんどが塗布型ディスクでした(銀行の預金データが一瞬にして消え失せてしまっては困りますからね)。しかし、信頼性を確保するための様々な改良が加えられ、今ではすっかり塗布型ディスクを置き換えてしまいました。なお、最近ではスパッタディスクの保護膜の上にも、塗布型ディスクと同じような潤滑剤が塗られています。


どんどん小さくなるディスク上のデータ領域

 ディスク上でデータが書き込まれる領域の大きさは、ディスクの円周方向(回転方向)と半径方向とでかなり違います。円周方向は、ヘッドに送り込む信号の反転を速くしてやればいくらでも小さくできるので、書き込み限界は主にディスク側で決まり(狭い領域でNSがきれいに反転できて、それがヘッドでちゃんと読み出せることが条件です)、塗布型ディスクの時代には数百nm、スパッタディスクでは2004年現在で最も小さいもので数十nmです。一方半径方向は、ヘッドを動かす機械の精度が影響しますので、回転方向ほどは小さくできず、数百nmぐらいにとどまっています。
 具体的に見てみましょう。最小の磁化領域の円周方向の大きさが30nm、半径方向の大きさが300nmとすると、1平方インチあたりの磁化領域の数は約700億個です。これがそのままデータの数になりますから、1平方インチあたり70ギガビットの記録密度となります。1ビットというのは2進数で「0」か「1」かのどちらかを表すだけですが、これが8個集まると28=256通りの数字が表現できます。この8ビットを1バイト(B)と呼び、データ量の単位になります(例えばアルファベットの文字はそれぞれ1バイト、漢字などは2バイトで指定されます)。少々ややこしいですが、ハードディスクの単位面積あたりの記録密度を言う時は「ビット」が使われ、ディスク1枚や装置全体の記録容量を言う時には「バイト」が使われます。先に、1平方インチあたり70ギガビットの記録密度の例を示しましたが、これが直径3.5インチのディスク(有効面積は10平方インチ余り)になると、約90ギガバイトとなるわけです。たった3.5インチの円板に、映画が何十本も入ってしまうのです。
 それでは、記録密度の増加はどこまで続くのでしょうか。最初のハードディスクの記録密度は1平方インチあたり数キロビットでした。80年代前半には、これが1000倍の数メガビットになります。14インチのディスク1枚で100〜200メガバイトのレベルです。90年代に入ると100メガビットを超え、95年で1ギガビットの大台突破、2000年には製品で10ギガビットを上回るものが現れます。そして時代は100ギガビットへ。その次は1000ギガビット(1テラビット)? と言いたいところですが、ここで大きな問題があります。1個の記録領域をあまりに小さくすると、磁石としての性質を失ってしまうのです。磁性の基本は電子の回転運動ですが、永久磁石ではこの向きが揃っています。ところが熱が加わると、向きがバラバラになり、全体として、磁石の性質が失われます。磁石のサイズが小さいと、熱に対する抵抗力が弱まって、室温程度の低い温度でも、この現象が起きてしまうのです。室温で磁性を失わない限界の大きさは10nmぐらいと言われています。1平方インチあたり100ギガビットというのは、この限界に近い状態ですから、これ以上は難しい、ということになるわけです。
 ただ、これまでも何年も前から「磁気記録はもう終わり」と言われ続けながら、そのたびに新しい技術が登場して壁を破って来ていることを考えると、また画期的な新技術が出て来るかもしれません。実際に、100ギガビットの壁を破る方法もいくつか提案されています。その一つが垂直記録です(図4)。

図4

図4 垂直磁気記録の模式図


 これまでの説明では、磁石のNSの方向はディスク面に水平になっていました(面内記録、または長手記録と呼ばれます)。これを垂直に立てるのです。2本の棒磁石を、そのN極どうし、またはS極どうしをつき合わせて並べると、互いに反発して向きを変えてしまいますね。面内記録はこのような不安定な状態で記録が行なわれています(図4(a))。ところが、NSを互いに逆にしてくっつけると、今度はピタッと貼り付いて安定になります。垂直記録では磁性層はこのような状態になりますから、書き込んだ信号が安定に保持されるのです(図4(b))。そしてもう一つの利点が、先の記録領域の微小化の限界突破です。面内記録では信号を奥まで書き込まないと不安定になりますから、磁性膜を薄くしていました。しかし垂直記録ではこの問題がないため、膜を厚くできます。すると記録領域は、横方向には小さくても縦方向は大きく取れますから、記録密度を高めても、記録領域はさほど小さくならないのです。この垂直記録は1970年代に日本で生まれた技術ですが、ここへ来ていろいろな技術的な問題が解決されて来ました。今後に注目です。

<追記>
 この記事を書いた2005年ごろは、垂直磁気記録方式のハードディスクがようやく世に出始めたばかりでした。ところが2012年現在では、既に垂直方式が主流になっています。今さらながら、技術の進歩の速さを感じます。


誘導ヘッド

 ディスクに続いてもう一つの基幹部品、磁気ヘッドについて見てみます。その昔、と言っても1980年代の話ですが、磁気ヘッドと言えば電磁石そのものでした。図5に示すように、フェライト(鉄と亜鉛にマンガンなどを加えた酸化物です)のリングに本当に導線(コイル)を巻いていたのです。このコイルに電流を流せば、芯材が磁石になり、先端の切れ目(ギャップ)から磁束が漏れ出てディスク上の磁性体を磁化できますし、ディスクから出る磁界をヘッドが横切れば、電磁誘導によってコイルに電流が流れるのです。このように電磁誘導の現象を利用しているという意味で、このタイプのヘッドは「誘導ヘッド」と呼ばれます。

図5

図5 昔のヘッドは電磁石そのもの


 磁気的な働きをするのはヘッドの先端の一部だけです。それではフェライトでできた大きなブロックは何をするのかと言うと、先に書いたように、ディスクの回転によって発生した風を受けて、ヘッドを浮き上がらせる役目があるのです。その意味で、このブロックはスライダーと呼ばれます。
 より小さな面積を相手に信号を記録・再生しようとすれば、磁力を発生する部分はできるだけ小さくする必要があります。しかし前にも書いたように、ヘッド全体の大きさは数ミリしかありませんから、これに細かな加工を施してコイルを巻くとなると、微細化には限界があります。そこで、半導体素子の製造プロセスを応用して、基板の上にコイルも芯材(磁極)も作り付けにしてしまう方法が考えられました。これが薄膜ヘッドです。薄膜ヘッドの大まかな作製手順を図6に示しました。ただし、わかりやすくするために思いっきり簡略化しています。

図6

図6 半導体素子と同じように薄層を重ねて作る薄膜ヘッド


 半導体素子では基板はほとんどシリコンですが、薄膜ヘッドの場合には、基板がそのままスライダーになりますので、厚さ数ミリのジルコニアなどのセラミックスが使われます。基板上に下部磁極になる薄膜を形成し、絶縁体で覆った後に、コイルとなる渦巻きパターンを作ります(渦巻きパターンの中央では絶縁体に窓が開けられ、下部磁極がのぞいています)。コイルの手前半分をさらに絶縁体に埋め込み、先ほどの窓の部分で下部磁極とつながるように上部磁極を形成します。この時、一番手前の部分では、上部磁極と下部磁極の間はわずかに隙間が空いています。この隙間がギャップとなります。最後にコイルの引き出し導線を付けて全体を保護膜で覆えば(図では省略)ヘッド素子の完成です。結局は下部磁極と上部磁極でコの字型を作り、そこにコイルを巻いた形ですから、見た目は違いますが、原理的には図5のヘッドと全く同じ誘導ヘッドです。この素子をびっしりと形成した基板(ウエハ)を切断し、スライダーの形状に加工すればヘッドが出来上がります。一個のヘッドに素子は一個でよいのですが、手間は同じですから通常は両側に一個ずつ、2個の素子を付けたヘッドを作ります。万一、一方の素子に不良があった場合でも、残りの素子を使えばよいわけです。


2階建てヘッドの登場

 薄膜ヘッドの技術によって、磁極の幅が狭く、上部磁極と下部磁極の間の隙間(ギャップ)が小さなヘッドが作れるようになり、ディスク上の非常に小さな領域で記録・再生ができるようになりました。ところが、どんどん記録領域が小さくなってくると、また新たな問題が発生しました。記録と再生の両立が難しくなってきたのです。

図7

図7 記録・再生両立のジレンマ


 図7を見てください。ヘッドのギャップが小さくなると、磁極から出る磁界も小さくなってしまいます。これでは奥まで書き込みができませんので、ギャップにはある程度の大きさが必要です。ギャップが大きくても、データの記録ではさほど問題はありません。1回に記録する領域は広くなりますが、次のデータを記録する時に少しだけずらせて重ねて書いてしまえば、ギャップに比べてはるかに小さな領域に記録することができるからです。ところがデータの再生ではそうは行きません。何個もの記録データがまとめてヘッドに入って来るので、個々のデータを別々に読むことができなくなってしまうのです。つまり、記録密度の増加によって、1個のヘッドで記録も再生も、ということに無理が出てきたのです。
 そこで考えられたのが、記録と再生を別々のヘッドで行なう、という方法です。記録はギャップの広いヘッドで、再生はギャップの狭いヘッドで、というわけです。しかし、今度は記録領域があまりに小さくなったために、そこから漏れ出て来るわずかな磁界を感知すること自体が困難になってしまいました。誘導ヘッドの限界が見えたのです。
 この事態を打開するために登場したのが、磁界によって電気抵抗が変化する「磁気抵抗効果」を使ったヘッド=MR(Magnetoresistivity)ヘッドです。1990年ごろからハードディスクの記録密度が急激に上昇したのは、このタイプのヘッドの登場によるところが大きいのです。初期のころは、単純に磁界によって抵抗が変化する性質を持った鉄とニッケルの合金を使ったものでした。その後、磁性層で非磁性層をサンドイッチにした構造のGMR(Giant MR)ヘッドが現れます。これは初期のMRヘッドとは全く原理が違い、磁性層の磁界の向きによって、磁性層/非磁性層の界面で特定の自転方向を持った電子のみを通し、逆回転の電子は反射するという性質を利用しています。磁界の検出効果が非常に高く、ディスクに記録された細かい磁化領域からのわずかな磁界も捕らえることができるようになりました。
 原理からわかるように、MRヘッドは再生はできますが、自分から磁界を発するわけではないので、記録はできません。そこで、記録用の誘導ヘッドと組み合わせて、2階建て構造のヘッドとして使われます。現在の高記録密度のハードディスクには、この2階建てのヘッドが必須なのです。


ヘッドの離着陸

 ヘッドはディスクの上で浮いていると書きましたが、それではディスクが止まっている時はどうなっているのでしょうか。実はディスクの上に着陸しているのです。ディスクが回転を始めるとヘッドは徐々に離陸し始め、一定の回転速度を超えると完全に浮上するのですが、その間はディスク表面をガリガリこすっているわけです。同じようにディスクの回転を止める時にも、回転が遅くなるにつれてヘッドはだんだん降りてきて、最後にはディスクをこすりながら着陸するのです。この方式を「コンタクト・スタート・ストップ」と言います。といっても、そこらで適当に離着陸しているわけではありません。データを記録していない安全ゾーンが用意してあり、そこで十分に浮上してからデータを記録する部分に移動させるのです。ただし、いくら安全ゾーンといっても何回も離着陸を繰り返していれば削れたりもします。ですから、ハードディスクは頻繁に起動、停止を繰り返さない方がよい、と言えます。実際に大型装置では一度スイッチを入れたら何年も動かしっぱなし、というケースもあるのです。
 しかし、ノートパソコンや携帯端末などでは、省エネの面でも動かしっぱなしというわけには行きません。また止まっている時でも、運搬などで激しく揺すられることが多いですから、安全ゾーンといえどもディスク上に載っているのはあまり気持ちのよいものではないでしょう(ヘッドが跳ねてディスクをバチバチ叩くかもしれません)。そこで、ディスクの上ではない、別の安全なポジションにヘッドを退避させておいて、ディスクの回転が浮上に十分な速さになってから載せる方式も採用されています。これが「ロード・アンロード」と呼ばれる方式です。
 コンタクト・スタート・ストップにしてもロード・アンロードにしても、正しい手続でハードディスクが起動・停止された場合にしか機能しません。突然電源をブチッと切ってしまったら、ヘッドはデータを記録する面上にガシャンと落ちます。装置にとって良いはずはありません。最悪の場合、次に説明するヘッドクラッシュを引き起こします。十分に注意しましょう。
 コンタクト・スタート・ストップにからんで、面白い話があります。ヘッドが離着陸する安全ゾーンですが、ここにも潤滑剤が塗ってあります。ヘッドのスライダー下面もディスクの表面も相当に平滑に仕上げてありますから、これを液体を挟んでくっ付けると、ちょうど濡れたガラスとガラスを合わせた時のようにピタッと吸い付いてしまうことがあるのです。この状態になると、ディスクを回そうとしても吸い付いたヘッドが邪魔をして回らない場合があります。長い間ハードディスクを止めたままで放って置いたりすると、たまにこういうことが起こるのです。スイッチを入れてもディスクの回転音が全くしない場合は、その疑いありです。こんな時はどうするかというと、少々乱暴ですが、一発殴って衝撃を与えると、ヘッドとディスクが離れてうまく回りだす場合があります。調子の悪いテレビを殴って回復させる、というギャグがありますが、このケースに限っては、それなりに理にかなっていると言えるのです。もっとも、ロード・アンロード方式ではこの問題は起こりませんし、コンタクト・スタート・ストップ方式でも吸い付きが起こりにくいようにディスク側に凹凸を付けたり、起動時にまずヘッドを少し動かして吸い付きを解除するしくみを取り入れたりすることで、この現象はあまり見なくなりました。


ヘッドとディスクの衝突事故 ― ヘッドクラッシュ ―

 先ほどもちょこっと出てきましたが、なかなか衝撃的な言葉です。何と言ってもジャンボジェットが地上1mmで飛んでいる世界ですから、地面との接触がない方がおかしい。必ずヘッドとディスクの接触はあるのです。その時の衝撃、摩擦をできるだけ減らすために、滑りのよいカーボンの保護膜が付けられているのであり、潤滑剤が塗られているのです。それでも何回も接触を繰り返していると、次第に疲労は蓄積してきます。ディスク側で言えば、潤滑剤が減ってきたり、保護膜が削れてきたりして、磁性膜がダメージを受けるようになります。またヘッド側で言えば、潤滑剤や保護膜のカスがスライダーに付着し、そのために気流が乱れて安定な姿勢で浮上できなくなって、さらに激しい接触、衝突に至る場合がありますし、逆にスライダーやヘッドの素子部が削れてしまうこともあり得るでしょう。このような状況がさらに悪化して、最終的にデータが破壊されたり、記録・再生ができなくなってしまうのがヘッドクラッシュです。
 最初の接触のきっかけはいろいろ考えられます。その一つは外からの衝撃でしょう。ディスクが回転中に衝撃を受ければ、ヘッドが揺さぶられてディスクに衝突します。また、内部に侵入した小さな塵、埃がヘッドとディスクの間に入り込んだことが原因になる場合もあるでしょう。ハードディスクの装置は普通は密閉状態になっているのですが、内側の圧力を一定にするために、フィルターや乾燥剤を詰めた呼吸孔が設けられており、そこから塵が侵入する場合がありますし、組み立て時に内部に残った塵が巻き上げられることもあります。変わったところでは、部品から発生したガスが化学変化を起こしてヘッドに固体として付着し、ヘッドの浮上姿勢を乱す、ということもあるのです。
 毎分何千回転という速度で回っているディスクとヘッドとが接触した時の衝撃はかなりのものです。例えば3.5インチのディスクが毎分5000回転で回っている場合、一番外側の部分では秒速23m、時速80km以上にもなりますから、高速道路で車がぶつかるようなものです。接触部分では、ごく限られた範囲ですが、温度が数百度にもなった証拠が見つかっています。
 このような激しい衝撃、高温にさらされるわけですから、それでも簡単には壊れないというのは、ある意味なかなか大したものです。逆に、これだけの衝撃を受ける可能性が常にあるのですから、いつ壊れてもおかしくない、と言うこともできます。「ハードディスクの使用者には2種類ある。過去にディスクの事故でデータを失った人と、これから失う人だ」という名言があります。それに備えるため、大型のシステムでは、多数の装置を連動して動かし、互いにバックアップをとるようなしくみになっています。一台が壊れても他の場所でデータは生き残っており、その間に壊れた装置だけを交換するのです。しかし、個人のパソコンではそうは行きません。こまめにデータのバックアップをしましょう。


データ記録の妙味

 最後にちょっと話題を変えて、データの記録方式について触れておきましょう。ハードディスクに記録されるのはデジタルデータですから、画像も音声も文字も、情報は全て「1」と「0」の組み合わせから成る2進数で表現されます。文字は対応する2進数のコード番号になりますし、画像や音声も、色の番号や強度を表す数値で示されるのです。それでは、これらの2進数がそのままディスクに記録されるかというと、実はそうではありません。ここでちょっとした細工がされるのです。
 その一つは、装置への負担を減らすための工夫です。図2や図3に示すように、通常はディスク上の磁化の向きが変わらない部分が「0」、逆転する部分が「1」です。ディスク装置は一定のタイミングでデータをチェックし、「0」か「1」かを判断しています。ディスク上のデータの位置とそれを読み込むタイミングとは多少ずれる場合もありますが、磁化の向きが逆転する「1」の部分が時々出てくれば、そこでズレを修正することができるので問題はありません。ところが「0」がずっと続くと、磁化の向きが全く変わらない状態が長く続くことになりますから、ディスク装置の側では、今いったい何個目のデータを読んでいるのかわからなくなってしまいます。こうなると、ずっと「0」が続いた後に突然「1」が現れても、本来データがあると思っていた場所からずれていて読み損ねる、という事態を招くのです(図8(a))。

図8

図8 同じ信号がずっと続くとディスク装置は大変


 逆に「1」がずっと続く場合は、今度は磁化の向きが毎回逆転しますから、図8(b)のように記録密度の限界に相当する最も厳しい条件となります。一つの信号が出て元に戻る前に次の信号が立ち上がる形になりますから、全体として波形がダレてしまい、雑音に弱くなって読取りエラーの原因になるのです。
 そこで実際のハードディスクでは、ある一定の規則に従って「1」と「0」の並び方を組替えて、同じ信号がずっと続くことがないようにしています。その方式は色々ありますが、特に「0」が続くことがないように変換するケースが多く、例えば連続する「0」の数は最大7個まで、というふうに決められています。
 この変換をするとデータの量は少し増えてしまうので、記録密度という点では多少損をしますが、一方で得をする部分もあります。記録密度の限界を決めるのは、単位長さあたり何回磁化の向きが変わるか、という点です。限界以上のピッチで磁化を反転させると、図8(b)のような信号の「ダレ」が激しくなって、記録・再生ができなくなるからです。ところが、「0」と「1」の並びを変えて「1」ばかりが続くことがないようにしてやると、実際にディスクに書き込まれる磁化の反転回数はデータのビット数よりも少なくて済みますから、ディスクの能力に余裕ができます。例えば、12ビットの記録をするのに、実際の磁界の反転の回数は10回で済む、ということです。その結果、1インチあたり10万回の磁界の反転ができるディスクを使って、1インチあたり12万ビットの記録ができる、ということになるわけです。
 もう一つのデータ記録の工夫は、少し余分なものを加えることでデータを破損から守る、というものです。次の文章を見てください。

 ハード■ィスクと言■ば、今では家■用のDVDプ■ーヤーや携帯■楽プレーヤ■などの家■製品にも入っ■いるデータ記録■置ですが、その昔は■てつもなく大型■高価な代物で■た。

これは本稿の書き出しの一文ですが、全体の15%程度の文字が■で隠されています。しかし、■の部分に何が入るかは、ほとんど問題なく推測可能でしょう。つまりこの文章には、なくても問題ない部分がたくさん含まれている、ということなのです。もし仮に必要最小限の文字しか含まない文章があったら、どこか一箇所が隠されただけで意味がわからなくなってしまうはずです。
 同じことがデータ記録にも言えます。本来2進数のデジタルデータには無駄な部分はほとんどありません。これをそのまま記録したのでは、データの一箇所が破損しただけで、一連のデータ全体がダメになってしまいます。そこで、敢えて余分な情報を加えて、後で修復ができるようにしてやるのです。ハードディスク修復ソフトのお世話になった経験のある方も多いでしょう。このようなソフトで修復可能なのは、余分な情報が加えられているからなのです。



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