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● 半導体の話 ●
そこらじゅうにある半導体
1800年代のボルタ(あのボルタの電池のボルタです)の研究に始まる半導体ですが、その中身が正しく理解されたのは20世紀に入ってからです。しかも、理論はありましたが、純粋な物が作れなかったために実験はできていなかった、というオマケつきです。それが20世紀半ばのトランジスタの発明以来、急速に普及して、現在では周囲は半導体だらけ。今、目の前にあるコンピューターの中身は当然として、携帯電話や家電製品、果てはICカードに至るまで、そこらじゅうに広がっています。
では、半導体とはどういうものなのか。専門家にとってはごく簡単なことですが、それ以外の人には少々取っ付き難いのではないでしょうか。そこで、できるだけ簡単に説明を試みることにします。
半導体は導体と絶縁体の中間ではない
半導体はよく「導体と絶縁体の中間の性質を持つ物質」と言われます。でも、「中間」ってどういうことでしょう。電気を流す物と電気を流さない物の中間ということは、電気を半分だけ流す? そんなものはありません。電気の流しやすさが中間? これはアリです。でも境い目はどこに置きますか? 少ないながらも電気を流すのなら導体と呼んでもいいのでは? 実は半導体と導体では、電気を流すしくみが根本的に違うのです。
電流の正体は電子の流れ。これは知っていますね。その電子が導体や半導体の中でどうなっているのかを見てみましょう。物質の中では電子は好き勝手なエネルギーを持つことはできません。電子が持つことのできるエネルギーはいくつかの特定の範囲に限定されています。この理由については量子力学に立ち入らなければならないので、ここでは触れません。とりあえずそういうものだと思ってください(詳しくは、
化学結合の話、
量子論の話参照)。この状態は、図1のような高層ビルにたとえられます(各階の部屋の区切りはないものとします。駐車場ビルのような感じでしょうか)。各階の定員はあらかじめ決められています。人(電子)は1階、2階、3階・・・、と各フロアには入れますが、その途中の空中をフワフワ飛ぶことはできません。また、この人たちはズボラなので、階段を上って上の階にはあまり行こうとしません。できるだけ低い階にとどまっていたいのです。ですから、ビルは下の階から順に埋まっていきます。(ここで一つ注意していただきたいのは、1階、2階という縦方向はあくまでもエネルギーの高低を表すもので、実際の空間の縦方向ではない、ということです。実際の空間の縦方向も考えると4次元になってしまいますので、省略されています。)
さて、このビルが導体だったとしましょう(図1左)。導体の中では定員に余裕があり、下の階を埋め尽くすほどは混雑していません。1階には充分なスペースがあり、人の行き来はスムーズです。外から人が入って来ても、反対側から整然と出て行くことができます。この人たちが自由人(自由電子)です。
半導体や絶縁体では、1階は完全に満員で、すし詰め状態です(図1中、右)。身動きがとれません。外から入ることも出て行くこともできないのです。このままでは人の流れを作ることはできません。これが絶縁体の状態です。ところが、1階と2階の高低差がそれほどなければ、つまり天井の低いビルだったら、多少元気のいい人は階段を上って2階に出ることができます(図1右)。するとそこは誰もいないフリースペースですから、動きは自由自在です。つまり、一旦2階に上がりさえすれば、自由に動けるようになるのです。それだけではありません。元気者が抜けた一人分のスペースが1階に残りますから、このスペースを順番に埋めて行くようにすれば、1階に残された人も動くことができるのです。この抜け孔が正孔(ホール)です。このようにして、2階に自由人、1階にその抜け孔のホールができるのが半導体です。以上の説明から、半導体はむしろ絶縁体と親戚であることがおわかりいただけたと思います。その違いは単にビルの天井の高さだけであって、本質的なものではありません。現に、絶縁体の代表選手であるダイヤモンドでさえ半導体の性質を持っており、これを利用した電子機器を作る試みもあるのです。
図1 導体と半導体の電子の状態をビルに例える
半導体の面白い性質
半導体ビルの特徴は1階が満員であることでした。そしてこの満員状態を解消するには、元気者の出現を待つ必要がありました。ということは、人に元気を与えてやれば、半導体の導電性は高くなる、ということです。元気、つまりエネルギーを与える方法の一つが温度を高くすることです。温度が高くなると1階にいた人がどんどん2階に上がって半導体の導電性が高くなるのです。金属では逆に温度を上げると導電性が下がりますから、これは半導体の際立った特長といえます。半導体というものの存在が古くから認められていたのも、この性質があったからなのです。(金属の導電性が高温で下がるのは、金属を構成する原子の振動が激しくなって電子の動きを邪魔するからです。先ほどの高層ビルのモデルで言えば床や柱が地震のように揺れる、ということになります。ちょっと違和感がありますが、これはモデルの限界ということで目をつむってください。)
半導体の導電性を上げるもう一つの方法は、光を当てることです。この場合は階段を上がるというよりは、2階まで一気にジャンプするイメージの方が近いでしょう。光の効果は熱よりもはるかに劇的で、普通の電灯程度の光でも、温度を何百度も上げたのに相当する効果が得られる場合があります。ただし光の場合には、いくら強力に照らしても全く効果がないケースもあります。これは光を粒と考えた時に、1階の住人を2階に上げるのに充分なエネルギーを一つ一つの粒が持っていなければ、いくらたくさんの粒をぶつけても効果がないことによるのですが、この辺りの詳しい話は別の機会にしましょう(
量子論の話参照)。とにかく、熱や光でエネルギーをもらうことで導電性が高くなる、それが半導体なのです(図2)。
図2 熱や光による半導体の導電性の変化
2階に上がった人はそのまま永久に2階の住人になるとは限りません。1階に戻ってくることもあります。この時、余ったエネルギーを熱や光として放出します。2階に上がる時にもらった分を律儀に返すのです。光として返す場合が半導体の発光現象で、CDやDVDの信号の読み書きに使われる半導体レーザーは、電気の力を借りて2階に大量に上げた電子を一気に1階に落とすことで発光するのです(
発光の話参照)。
不純物という裏技
半導体にさらに面白いことをやらせる裏技があります。それが不純物を入れる(ドープする)ということです。先の高層ビルのモデルで言えば、2階の床下(1階の天井裏)あたりに中2階を作って住人を住まわせることに相当します。中2階の住人は別にたいしたエネルギーをもらわなくても簡単に2階に上がって動き回ることができます。逆に1階の床のすぐ上あたりに空き部屋(中1.5階とでも呼びましょう)を作る方法もあります。1階の住人は中1.5階に入ることができますから、その分1階に空きスペースができて、動けるようになるのです(図3)。図3には、半導体のエネルギーを説明する時に普通によく使われる電子のエネルギー図も示しておきました。
図3 半導体への不純物の添加
実際の半導体では、例えばシリコンにリンを混ぜると人の住む中2階ができ、ホウ素を混ぜると空の中1.5階ができます。シリコンは各原子が外側に4個の電子を持っており、これが1階を埋め尽くしているのですが、リンは外側の電子が5個ですから1個が余って中2階を作り、ホウ素は3個ですから中1.5階に空きスペース、つまり正孔を作るのです。中2階付きビルは余分の電子が動いて電気を運ぶので、電子のマイナス電荷からネガティブという意味でn型半導体、中1.5階付きビルは正孔、つまりプラス電荷が電気を運ぶので(本当は動いているのはやはり電子ですが、あたかも正孔が移動しているように見えるので)ポジティブという意味でp型半導体と呼ばれます。
これだけなら、単に動ける電子を増やして導電性を高めただけのように見えるかもしれません。実は本当に面白いことが起こるのは、この中2階付きビルと中1.5階付きビルをくっ付けた時なのです。
p-n接合という必殺技
中2階付きビルと中1.5階付きビル、つまりn型半導体とp型半導体とをくっ付けてみます。まず、くっ付けた瞬間に、内部で図4のような変化が起こります(ここからは電子エネルギーの図で説明します)。
図4 p-n接合の状態
n型半導体の中2階から2階に上がった電子は、新たにp型半導体のガラ空きの2階が使えるようになったわけですから、喜んでここに進出します。一方1階では、p型半導体の空きスペースにn型半導体の満員の電子が入って来る、言い方を換えれば、p型半導体の正孔がn型半導体に移動します。このようにして移動した電子や正孔の中には、互いに結合して(電子が正孔に飛び降りて)消えてしまうものも出てきます。これらの電荷移動の結果、n型半導体はプラス電荷が、p型半導体はマイナス電荷が過剰になり、エネルギーに差ができて、なんと、床が曲がるのです(ビルのモデルではちょっと苦しい)。この図では電子を中心に考えていますので、電気的なエネルギーは上がマイナス、下がプラスですから、n型半導体は下方向、p型半導体は上方向に床が移動することになります。普通、このように床が曲がっていると、電子はプラス方向、つまり低い方へ転がり、正孔は(電子の抜け孔ですから)高い方へ転がるのですが、今回は電子や正孔が好きなように動いた結果としてできた斜面ですから、ある程度の傾きの斜面ができたところでバランスがとれているのです。これをp-n接合と呼びますが、このように床が曲がっていることが非常に重要な意味を持ちます。
ダイオード
p-n接合に電池をつないでみましょう。まず、n型半導体にプラス、p型半導体にマイナスをつないでみます(図5)。外からp型半導体のところにやって来た電子はp型半導体の1階に入ります(2階は高すぎて入れません。入ったとしてもすぐに1階に飛び降りてしまいます)。入った電子は床が曲がったところでハタと困ってしまいます。斜面を一気に転がり落ちたいのですが、落ちた先に空きスペースがありません。正孔の立場で言うと、p型半導体から外に正孔が出て行きますから、その分を補うためにn型半導体から正孔を引き抜きたいのですが、n型半導体の1階にはその正孔がない、ということになるでしょう。同じことは、n型半導体側にも言えます。その結果、p型半導体には電子が溜まり、n型半導体には正孔が溜まって、床の曲がりはますますきつくなるのですが、電流は2つの半導体の境目でブロックされて一向に流れません。
図5 p-n接合に電圧をかける(逆方向の場合)
それでは電池の向きを逆にして、n型半導体にマイナス、p型半導体にプラスをつないでみましょう(図6)。今度はn型半導体のところに来た電子は、下に下がっている2階に入ることができます。2階に入った電子は奥へ奥へと進んで床が曲がった上り坂に到達します。電子はすぐにはここを上れませんので、とりあえずn型半導体の中に溜まります。同じようにp型半導体の中には正孔が溜まります。すると、n型半導体はマイナスに偏りますから全体が上の方へ、p型半導体はプラスに偏るので下の方へ動き、しだいに床の曲がりが小さくなって、ほとんど平らに戻ってしまいます。こうなると溜まっていた電子や正孔は自由に反対側に侵入できますから、電流が流れるようになります。電子の立場で流れを追ってみると、まず外部からn型半導体の2階に入り、平らになった接合部を通ってp型半導体に入ります。この過程のどこかで、反対側からやって来た正孔と出会うとそこに飛び降りて1階に移り、p型半導体の1階部分から外に出て行くのです。このように、p-n接合は一方向にだけ電流を流す性質を持っています(整流作用といいます)。これがダイオードです。電流が流れる方向を順方向、流れない方向を逆方向と呼びます。
図6 p-n接合に電圧をかける(順方向の場合)
太陽電池と発光ダイオード
次に、p-n接合に光を当ててみましょう(図7)。1階の電子は2階に飛び上がります。この時、床が平らな部分で飛び上がった電子は、自分の真下(図の縦方向はエネルギーを表していますから、エネルギー的には真下ですが、空間的には実は同じ場所です)に正孔が残っていますから、割と簡単に飛び降りてしまいます。ところが床が曲がっているところで飛び上がった電子は、床の傾斜に沿ってn型半導体の側に転がり落ち、1階に残された正孔はp型半導体側に転がり上がります。このように離れ離れになってしまうと、電子は飛び降りる先がありませんから、そのままn型半導体の2階に、正孔はp型半導体の1階に残るのです。このようにしてn型半導体には電子が、p型半導体には正孔が溜まり、床の曲がりは次第に小さくなって来ます。ここで電線で外部とつないでやると、n型半導体側からは電子が流れ出し、p型半導体側からは正孔が流れ出す、つまり電子を外部から引き込むようになります。これが太陽電池です。
図7 太陽電池の原理
今度は逆に、ダイオードの時と同じように外から電流を流してみましょう(図8)。電流の方向は図6と同じで順方向です。ここで2階の電子が1階の正孔めがけて飛び降りると、1階に落ちるのに相当するエネルギーを光として放出することがあります。先の太陽電池と全く逆の過程です。これを利用したのが
発光ダイオード(LED)であり、さらに進めたのが
半導体レーザーです。
図8 発光ダイオードの原理
トランジスタ
ダイオードや太陽電池は1個のp-n接合でできていました。これにもう一つ半導体をくっ付けて、p-n-pまたはn-p-nの形にしたのがバイポーラ型と呼ばれるトランジスタです。電子と正孔という2つ(バイ)の極性(ポーラー)を持っている、という意味で、信号を増幅する働きがあることから、アンプなどに使われます。動作原理については話が長くなるので省略しますが、こういうものがあるということだけ知っておいてください。
トランジスタと呼ばれるものにはもう一つ種類があります。電界効果トランジスタ(FET)です。これにもいくつか種類がありますが、最も代表的なMOS-FETと呼ばれるものは図9のような構造をしています。左側がソース、右側がドレイン、中央の上の部分をゲートといいます。水源(ソース)と排水口(ドレイン)と水門(ゲート)。この名前を見ただけで役割がわかりそうですね。実際、ゲートを開け閉めすることでソースからドレインに流れる電子をON-OFFするのがこの素子なのです。ちなみに、MOSというのはゲート部分の構造による名前で、金属(Metal)-酸化物(Oxide)-半導体(Semiconductor)の3層になっていることを意味しています。
図9 電界効果トランジスタの構造
さて、このMOS-FETの動作を見てみましょう。まず、ソースとドレインの間に電圧をかけてみます。ソース側がマイナスでドレイン側がプラスです。この時、真中のp型半導体とソースとの関係を見ると、先ほどのダイオードで順方向になっていますから、ソースの2階から電子がp型半導体部分に入ります。入った電子はp型半導体の中で例によって1階に飛び降りますが、反対側のドレインでは逆方向ですからブロックされてしまいます。そのため、全体としてはソースとドレインの間に電流は流れません(図10a)。ここでゲートにプラスの電圧をかけてみましょう。この電圧が充分に大きいと、ゲートの部分のエネルギー構造は図10b右のように床が大きく曲がった形になります(この図を見る時は頭を90度回してください。図9の縦方向が、図10右では横になっています)。表面附近では1階と2階の高さの差はないどころか、逆転してしまいます。そのため、高い1階から低くなった2階へ電子が飛び移ります。一方正孔は、斜面を駆け上ってずっと遠くへ押しやられてしまいます。つまり表面附近では、本来空っぽであるはずのp型半導体の2階に電子が集まり、本来1階にいるはずの正孔がいなくなってしまうのです(まるでn型半導体のようになるわけです)。こうなると、ガラリと様子が変わります。図10b左のように、ソースから入ってきた電子は、今度は1階に飛び降りることはありません。飛び降りる相手となるはずの正孔が1階にはないのですから。というわけで電子はそのまま2階を移動しますので、ドレインのところに来ても、何の問題もなく入っていくことができます。こうして電流が流れるようになるのです。このようにFETは、ゲートに電圧をかけたり切ったりすることでソースとドレインの間の電流をON-OFFできる、スイッチの働きをするのです。
図10 電界効果トランジスタの動作
このスイッチを使うといろいろなことができます。例えば、ドレインの先に電荷を蓄えることができるコンデンサを付けておくと、スイッチを操作してコンデンサに電荷を蓄えたり、それを取り出したりできます。これを利用したのが半導体メモリーです。また、一つのFETのドレインを別のFETのゲートにつないでおくと、電圧のかけ方によって、1つ目をONにすると2つ目もONになったり、逆に1つ目をONにすると2つ目がOFFになったりします。これを組み合わせると様々な計算ができる回路を作ることができます。このような回路を小さいスペースにいっぱい詰め込んだのがICでありLSIであり、コンピューターの心臓部、プロセッサになるのです。パソコンをはじめ電気製品の中に無数に入っている、あの黒くて足がたくさん生えたゲジゲジの中にはこうしたFETがぎっしり詰まっているのです。
付録
以上で半導体の話は終わりにしますが、最後に一つ付け足しです。この話の中ではビルの1階だとか2階だとか、わかりやすくするために様々なたとえを使いました。ただこのままでは、今後いろいろな本などで半導体のことを目にした時に専門用語との対応がとれないと思いますので、以下に対比をしておきます。
ビルの床 → エネルギー帯、バンド(energy band)
1階 → 価電子帯、充満帯(valence band)
2階 → 伝導帯(conduction band)
階の間の空中 → 禁制帯(forbidden band)
天井の高さ → バンドギャップ(band gap)
床の曲がり → バンドの曲がり(band bending)
床が曲がった部分 → 空間電荷層、空乏層(space charge layer, depletion layer)
中2階 → ドナー準位(donor level)
中1.5階 → アクセプター準位(acceptor level)
電子の飛び降り → 再結合(recombination)
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