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● 液晶の話 ●


液体で結晶?

 物質には「固体」「液体」「気体」の3つの状態があり、このうち「液体」と「気体」の境目は実は曖昧なところがあって、実際にその境界がない「超臨界状態」というのがある、ということは超臨界流体の話のところで書きました。今度は「固体」と「液体」の境目にかかわる話です。と言っても、境目がなくなるという話ではありません。それらの中間の状態がある、という話です。
 今回の話の中では、「固体」の中でも、それを構成する分子がきれいに並んだ「結晶」状態が対象になります。結晶の中の分子は、決まった向きで、決まった位置に、きちんと配列し、固定されています。部分的に乱れた場所はあるにしても、それは「欠陥」と呼ばれる例外的なものであって、本来は分子の向き位置に規則破りは許されません。一方液体では、分子はそれぞれが勝手な方向を向き、勝手な位置にいて、規則性がなくランダムに動き回っています。両者の違いは明らか・・・・・。と、ここでもう一度、結晶と液体の違いをよく見てみましょう。ポイントは2つ、分子の「向き」と「位置」が決まった状態に固定されているかどうかです。それでは、この両方ではなくて、片方だけが決まっている状態はないのでしょうか。分子を規則的な決まった位置に固定しておいて、その向きだけをばらばらにする、というのはちょっと無理がありますね。きれいに並べようとすれば、どうしても分子の向きに制限を加えなければならないでしょう。ただし、分子が向きを変えても大勢に影響がないような場合、例えばサッカーボール型分子で有名なフラーレンのようにほとんど球形の分子の場合には、位置が固定で向きがバラバラという状態が許されることもあります。これに対して、「向き」が固定で「位置」がばらばらな状態と言うのはどうでしょうか。分子の位置が固定されていないのですから、当然流動性があり、見た目は液体。実はこれが「液晶」なのです。実際の液晶では、固体結晶ほど分子の向きがビシッと決まっているわけではありませんし、一方では位置にも多少の規則性が現れる場合もあります。しかし大雑把には、分子の向きだけに制約が付いてるのが液晶だと思っておけばよいでしょう。ここからいろいろと面白い性質が出て来るのです。


液晶のいろいろ

 分子の向きと位置が規則的に固定されているのが結晶で、そこから位置の制約だけが外れて分子が自由に移動できるようになったのが液晶、そして向きの制約もなくなり、てんでバラバラになったのが普通の液体、ということですから、液晶は結晶と液体の間に現れる状態である、ということは容易に想像がつきます。実際、液晶の中には、結晶を加熱して溶融する途中に出て来るものが多く、「熱の刺激」で発生するものという意味で「サーモトロピック液晶」と呼ばれています。とは言っても、どんな物質でも融けるときに液晶状態を通るわけではありません。液晶になるためには分子が向きを揃えやすい性質を持っている必要があります。それでは、「向きを揃えやすい分子」とはどんな分子なのでしょうか。
 まず第一に、向きがはっきりしないような形、例えば球形や立方体のような対称性のよい形では困ります。ある向きに並んだときには安定になり、向きが揃わないと不安定になる、というように、向きによって分子の間の作用が大幅に変わることが必要で、そのためには細長い棒のような形か、平べったい板のような形が適しています。また、いつも同じように並ぶためには分子が自由に形を変えては具合が悪いので、変形しにくい「剛直」さも要求されます。ただし、あまりにも剛直過ぎると、今度は固体状態が安定になり過ぎて液晶になりにくいですから、適度なルーズさも持たせておかなければなりません。そのため、剛直分子の代表格である、例の亀の甲が複数連なったものを基本の骨格にして、端の方にルーズさを出すためのヒゲを付けた分子が多く使われています。

図1

図1 代表的なサーモトロピック液晶の分子


 このような温度によって液晶状態になるものとは別に、何かの液に溶かすと、完全な溶液になる手前の特定の濃度範囲で液晶状態になるものがあります。溶解という刺激で液晶になるという意味で、「リオトロピック液晶」と呼ばれ、ある種の界面活性剤を高濃度で水に溶かした時に見られます。界面活性剤といえば、水面にきれいに並んで膜を作ったり、液の中にミセルと呼ばれる集合体を作って分散したりしますが、これらの現象は、界面活性剤分子の中の水になじみやすい親水性部分と水になじみにくい(油になじみやすい)疎水性部分とがそれぞれくっつこうとすることで起こります(界面活性剤の話参照)。液晶になるときも似たようなもので、親水性部分と疎水性部分がそれぞれ集まることで、図2(a),(b),(c)のように溶液全体にわたる大規模な構造ができるのです。

図2

図2 界面活性剤が液晶になる


 (a)は水が少ない時に現れやすい形で、親水性部分を内側にしてチクワのような構造体ができています。チクワの孔の中に少量の水が安定に保持されるのです。水の量が多い場合は(a)のチクワでは保持しきれませんから、(b)のような層状になったり、さらに水が多いと(c)のように疎水性部分を内側にした裏返しのチクワが水中に漂う状態になったりします。物質によって、どのタイプが出やすいかはいろいろですが、いずれにしても濃度が低くなりすぎると、(d)のような普通のミセルになってしまいます。こうなると個々のミセルは球形ですから、もう液晶の性質はありません。
 リオトロピック液晶の中でちょっと変わったものとして、液晶ポリマーがあります。図1に示しているような剛直な構造を骨格に持っているポリマーで、適当な液に溶かすと向きが揃って液晶の性質を見せるのです。溶液状態で既にある程度分子の向きが揃っているわけですから、これを細い穴から引っ張り出して繊維にすると、分子が非常によく揃った、強度の高い繊維になります。実は弓の話で出て来たケブラーという繊維もそのひとつで、液晶状態の硫酸溶液から繊維が作られています。

 ところで、「液晶では分子の向きが揃っている」と書きましたが、その揃い方にもいろいろな種類があります。今までの説明からすれば、分子の位置も向きもバラバラな液体状態(図3(a))に対して、位置がバラバラで向きだけが揃うということで、細長い分子の場合には図3(b)のような形が想像できるでしょう。実際にこのタイプが液晶の基本と言え、ネマティック液晶と呼ばれています。ネマティック(nematic)というのは「糸状の」とか「線虫の」とか言う意味の「nemato-」から来ています(線虫というのは土の中にたくさんいる1mmぐらいのミミズのような虫)。

図3

図3 液晶分子の並び方もいろいろ


 ネマティック液晶の中でちょっと特殊なものとして、分子が全部同じ方を向くのではなく、隣り合う分子間で向きを少しずつ変えて並ぶタイプの液晶があります。コレステロールの仲間で最初に見つかったので、コレステリック液晶と呼ばれています。このようなことが起こる原因は、不斉炭素原子と呼ばれる炭素の存在にあります。4本の手に全て異なる原子や原子団が付いている炭素原子のことを「不斉炭素原子」と言い、鏡の世界の話に書いているように、互いに鏡に映した関係にあり、どう回転させても重ねることができない2種類の構造(光学異性体)ができます。4本の手のうちの一つの側から見た時に、残りの3本に付いている3種類の原子(団)の並び順が右回りにA-B-Cになっているものと左回りにA-B-C(右回りにA-C-B)になっているものがある、ということですね。この2種類のうち一方だけからなる物質では、分子が集まる時に特徴的な配置を採る傾向があります。
 分子の対称性がよい場合には、分子がいくつか集まって立方体だとか六角柱だとかのコンパクトな対称性のよい繰り返し単位ができて、これが空間を埋め尽くします。このような対称性のよい繰り返し単位の方が、1個1個の向きが少々ずれていても、ちょっと回してやるだけで簡単に整列させることができるからです。ところが、ジグソーパズルのピースのように対称性の悪い分子の場合、これを集めてコンパクトな同じ形を作ることはできません。それならば空間を埋め尽くすために全ての分子を同じ向きにすればよいかというと、そうでもないのです。例えば4つの原子団のうちの一つが他よりも大きいとしましょう。分子が同じ向きに並ぶと、この大きな原子団が邪魔になって、密に詰め込むことができません。これを避けるためには隣り合う分子の向きを少しずつ変える必要があります。その結果できるのが、一方向に少しずつ回転しながら並ぶ螺旋配置です。螺旋形というのは、2本のツルマキバネを重ね合わせることを想像してもらえればわかるように、かなり深く重ね合わせた配置を採ることができますから、コンパクトな繰り返し単位が作れない場合の詰め込み方として有利なのです。このような理由から、光学異性体の片方だけから成る物質が液晶に混ぜられていたり、あるいは液晶分子自体が光学異性体の片方であったりすると、図3(c)のように、少しずつ分子の向きが違っている層が重なった螺旋構造ができることになります。
 コレステリック液晶は、螺旋が1回転するごとに元の状態に戻るという周期構造を持っているため、この周期に応じた特定の波長の光(厳密に言えば円偏光)を反射するという面白い特徴を持っています。つまり螺旋の周期に応じて色が付いて見える、ということです。実はこの着色現象が液晶発見のきっかけでした。ある種のコレステロールで、特定の温度範囲で(もちろん固体が溶ける温度と完全な液体になる温度の中間です)鮮やかな色が付いて見えることが見出されたのです。
 コレステリック液晶は層状構造をしていて、一見、ネマティック液晶とは全く違っているように見えます。しかし制限があるのは分子の向きだけで位置には制限がなく、たまたま分子が来た位置によってその向きが決まっているに過ぎませんから、やはりネマティック液晶の一種といえるのです。
 これに対して、位置に関してもはっきりした制限が付いている液晶があります。図3(d)のような層状の構造をしたもので、スメクティック液晶と呼ばれています。スメクティック(smectic)の語源はよくわかりませんが、似たような層状構造を持つスメクタイト(smectite)という粘土鉱物がありますから、たぶんそこから来ているのでしょう。ついでに言うと、スメクタイトの語源は「汚れを洗い落とす」という意味のギリシャ語で、スメクタイトが洗剤として使われていたことによるようです。
 スメクティック液晶では、分子の移動は同じ層内でしか許されず、層の間を自由に行き来することはできません。動ける範囲が2次元の平面内に限られるのです。そのため、個々の分子が縦にも横にも高さ方向にも3次元に自由に動けるネマティック液晶と比べて流動しにくく、ちょっと見た感じでは固体に見えるほど粘度が高いのが特徴です。普通の固体結晶とネマティック液晶との中間の状態と言うことができるでしょう。
 スメクティック液晶では、層の方向というネマティック液晶にはない基準ができますから、分子が層の方向に対してどのように向いているか、という新しい観点が出て来ます。その結果、図3(d)に2種類の例を示したように、分子が層方向に垂直なものと傾いているものが区別されています。
 平板状の分子の場合は、円板という意味の「ディスク(disc)」から、ディスコティック液晶と呼ばれます。単純に考えれば、分子の向きだけが揃ったネマティック液晶と同じような図4(a)の状態が想像できるでしょう。しかし面白いのはこのタイプではなくて、板がきれいに重なって柱を作るケースです。ディスコティック液晶の分子は図1の右側に例を示しているように、亀の甲が平面状に集まった構造をしているのが普通です。この平面状の亀の甲集合体は平板間の引力が強くて、ピッタリ重なるのが得意ですから、図4(b)のような柱構造になることが多いのです。

図4

図4 板状分子が作るディスコティック液晶


 亀の甲が集まった分子の中には電気をかなりよく通すものがあり、半導体の性質を持ったものも多く見られます。これらが図4(b)の柱構造になると、柱の部分だけ見れば結晶のようなものですから、その方向にだけ電流がよく流れ、横方向にはほとんど流れない、という非常に面白い特徴が現れます。


液晶の面白い性質

 液晶が液晶である所以は分子の向きが揃っていることにあり、そのために、液体でありながら「方向によって特性が変わる」、つまり異方性を持つということが液晶の最大の特徴と言えるでしょう。ディスコティック液晶の導電性の話もそのひとつですが、何も導電性に限ったことではありません。光学的、力学的、電気的、様々な性質に異方性が出て来るのです。

力学的な性質
 「力学的」というと堅苦しい感じですが、要するに力をかけたときにどのように変形したり流れたりするか、ということです。ネマティック液晶では分子の位置に制限がなく自由に動けますから、外からの力に対して分子が移動して簡単に変形しますし、一度変形すると自力では元に戻りません。普通の液体と同じように流れるわけで、わずかに粘性でもって変形に逆らう程度です。
 全体を拡げたり圧縮したりすることには大きな抵抗を示しますが、これは普通の液体でも同じですから、特に変わったことではありません。ところが、分子の向きを部分的に変えようとすると、元に戻ろうとする力がはたらいて抵抗します。これは普通の液体では見られない現象で、しかもその抵抗力は、縦曲げ、横曲げ、捻りなど、変形の方向によって違っています。後で出て来ますが、液晶を利用するときには分子の向きを操作することが多いですから、この抵抗力はけっこう重要な問題です。一方スメクティック液晶の場合には、分子の位置に対する制約がきついですから、変形に対する抵抗力はネマティック液晶よりもはるかに大きくなります。特に、分子の動きが比較的自由な層内の変形と比べて、層間隔が変わるような変形に対しては固体並みの固さを示すことになります。

分子全体の方向付け
 液晶では分子の向きが揃う、と何度も書いて来ましたが、それは分子どうしで見た場合の話で、外から見て全体がどっちを向いているかはわかりません、と言うか、通常はどちらを向いてもかまわないはずです。ところが面白いことに、液晶は接している壁の影響をモロに受けます。棒状の分子は壁に沿って寝そべるように向きやすいですし、板状の分子も壁に対して平行になりやすい性質があります。壁と液晶分子との間にも何某かの引力は働きますから、このような形になるのは自然なことなのです。
 ただ、板状分子はともかく、棒状分子の場合には、壁に沿った面内でさらにどちらの方向を向くかまでコントロールしたいところです。実際にこれは可能で、壁に一定の方向の細かいキズを付けてやると、そのキズに沿って並んでくれるのです。工業的には、布を巻きつけたローラーを回転させながら壁となる基板に押し付ける、という単純な方法(ラビング処理と言います)で作ることができますが、うまく液晶分子を並べるには、それなりのノウハウが必要なようです。また、横向きだけではなく、壁に対して斜めに傾けたり垂直に立てたり、ということもできるようになっています。この場合は単純なキズでは無理で、化学的な手法や物理的な手法で基板表面に、例えば斜め向きに分子を植え付ける、といったことが行なわれています。このように向きが制御できるということは、液晶を利用する上で非常に重要な性質のひとつです。

電場に応答する液晶
 棒状の液晶分子に多く見られる亀の甲が連なった骨格は、そこに含まれる電子が比較的自由に(と言っても分子内の狭い領域に制限されていますが)動けるという性質を持っていて、特に分子の長さ方向には動きやすいのが普通です。そのため外から電場を加えると、この電子がプラス極に近い側に偏り、分子の長さ方向にプラス、マイナスの分極が生じます。すると今度は、分子のプラスに偏った側が電場のマイナスに、分子のマイナスに偏った側が電場のプラスに引き付けられて分子がくるりと回転し、電場の方向に向くようになります。これが液晶の電場による配向です(図5)。先に、ラビング処理で付けたキズに沿って液晶分子が並ぶという話がありましたが、このように電気的な力によっても向きを変えることができるのです。

図5

図5 電場によって回転する液晶分子


 普通の液晶では、外から加えた電場を切ると分子の分極もなくなり、再び元の状態に戻ります。またある種の液晶では分子内にプラスに偏りやすい部分とマイナスに偏りやすい部分があって、外部電場に関係なく常に分極しているものもありますが、その場合でも、外部電場がない状態では分極の向きがばらばらになり、全体としては分極しているようには見えません。ところが中には分子の持つ分極の向きが揃っている液晶があります。これが強誘電性液晶です。
 分極の向き、つまり分子の向きをビシッと揃えようとすれば、分子がくるくる回ったり、180度反対を向いたりすることを阻止しなければなりません。そのためにはネマティック液晶では具合が悪いですし、スメクティック液晶でも分子が層方向に垂直なタイプでは、上下が反転した形が許されますから、やはり全ての分子の向きを揃えるには制限が緩すぎます。そこで、分子が層方向に対して斜めに傾いたタイプのスメクティック液晶が登場します。その中でも分子が不斉炭素原子を持っていて光学異性体の一方だけからできている場合、分子の向きに厳しい制限が付きますから、方向がしっかり定まることになります。ちょうどコレステリック液晶で螺旋構造ができるのと同じように、同じ層内では分子の向きが(当然、分極の向きも)ビシッと揃い、層ごとに少しずつ分子の傾く方向が回転して行く図6(a)のような螺旋構造ができるのです。

図6

図6 強誘電性液晶の一般的な構造


 面白いのは液晶の層を薄くした場合で、壁の影響が強くなって、図6(b)のように壁に平行な方向にだけ首を振った形になってしまいます(図では手前に倒れた形と奥に倒れた形の2種類)。ここで分極の方向が分子の長さ方向に垂直になっていると、分極は図の青矢印のように液晶層の厚さ方向(図で言えば左右の方向)に限定されますから、電場をその方向にかけると、分極を右向きだけとか左向きだけとかに揃えることができます。つまり、液晶全体で分極を一方向に揃えることができるのです。この状態は電場を切っても簡単には崩れませんから、一旦向きが揃うと、揃ったままで固定されることになります。つまり電場を切っても分極が残る「強誘電性」を持っているのです。

光に対する性質
 液晶の性質のハイライトはやはり光、特に偏光に対する性質でしょう。特に注目される性質は2つ、「複屈折」と「旋光性」です。
 光は電場(と磁場)の振動が伝わるものですが、光が通過する時に物質の中の電子が電場の振動によって揺さぶられ(原子核も揺さぶられますが、ほとんど動かないので無視)、その影響で光が減速する、というのが屈折現象の起源です。より細かく言えば、電子が揺さぶられることよって新たに光が発生し、この光と元の光が一緒になる結果、速度の遅い光ができる、ということです。複屈折というのは、顕微鏡の話のところでも出て来ましたが、この電子の揺さぶられ方が方向によって違っていて光の減速の程度が違って来る、つまり方向によって異なる屈折率を持つ、という性質です。細長い液晶分子は、いかにもそれらしい感じがしますね。それでは、ちょっと例を見てみましょう。
 図7(a)を見てください。分子が縦になった液晶に縦に振動する偏光(直線偏光)が入ります。電場の振動によって液晶分子の電子が上下に揺さぶられ(これも一種の分極です)光の速度が落ちますが、液晶から抜け出て来ると元の速さに戻りますから、見た目には単に光が通り抜けただけです。次に図7(b)のように横方向に振動する偏光を入れてみましょう。今度は縦方向には電場はかかりませんから縦の分極はゼロで、横方向にのみ分極しますが、液晶を通り抜けて来た光にはやはり何の変化も見られません。ただ、普通は縦方向と比べて横方向は分極しにくいので、光の減速は少なめです。

図7

図7 液晶の複屈折


 それでは図7(c)のように斜めに振動する偏光が入った場合はどうでしょうか。このような場合には、斜めの振動を縦方向と横方向の2つの成分に分けて考えるのが便利です。そうすると縦方向の振動成分に関しては図7(a)、横方向の振動成分に関しては図7(b)と同じ状況になりますから、全体としては図7(a)と図7(b)の波を足し合わせてやればよいことになります。
 液晶に入る前は、両成分を足し合わせた結果は単純な斜めの直線偏光になります(元々斜めの直線偏光を2つの成分に分けたのですから当然ですね)。ところが液晶の中では、縦成分と横成分で速度が違いますから、より遅い縦成分の波がギュッと圧縮された形になって、波の山や谷の位置がズレる、つまり位相がズレて来ます。具体的に言うと、液晶に入る前は縦方向の波が上に振れた時に横方向の波も向こう側いっぱいに振れていましたが、液晶の中では、縦方向の波が上に振れた位置で、横方向の波はまだ向こう側に向かっている途中、ということになるわけです。しかもこのズレは液晶の中を進むうちにどんどん大きくなって行きます。その結果、両成分を足し合わせると、初めは斜めの直線偏光であったものが次第に膨らんで、図7(c)のように振動方向がグルグル回転する楕円偏光(軌跡は螺旋状ですが、正面から見ると楕円になっています)に変化するのです。液晶を通り抜けると縦成分も横成分も元の速度に戻りますが、出口での位相のズレはそのまま維持されますから、楕円偏光のままで進んで行くことになります。ついでに言うと、光は可逆的に進みますから、右側から図7(c)のような楕円偏光を入れると、左から直線偏光が出て来ます。
 もうひとつ、光が入ってくる方向に液晶分子がお辞儀をするように傾いているケースを見てみましょう。この場合、横方向の振動については図7(c)の場合と何ら変わりはありません。分子がまっすぐ立っていようがお辞儀をしていようが、さらには光が入ってくる方に向かって完全に横倒しになろうが、分子の横幅はいつも同じですから、横方向の分極も常に一定なのです。これに対して縦方向はだいぶ事情が違います(図7(d))。分子がお辞儀している分、入って来る光から見ると分子が短くなったように見えます。まっすぐ立っている場合と比べて、縦方向の分極が少し小さくなるのです(完全に横倒しになると縦方向の分極はゼロになります)。それだけではありません。まっすぐ立っている場合は関係なかった分子の奥行き方向に縦向きの要素が出て来ますから、こちら向きにも小さいながら分極が発生するのです。その結果トータルの分極は、分子の縦方向と奥行き方向の分極を足し合わせた、図の赤矢印のようになります。分極から新たに発生する光は分極方向に垂直に進みますから、この赤矢印の分極から出る光は、当然、斜め上方に向かいます。今までは新たに発生する光と元の光の向きが同じでしたから、これらを合わせても単に速度が落ちるだけでした。ところが今度は向きが違いますから、これらを足し合わせると、速度が変わるだけでなく、図のように方向も変わってしまうのです。
(ここで注意が必要なのは、この斜めに進む光が再び空気中に出る部分です。普通のガラスなどの中を斜めに進んで来た光が空気中に出るときは、屈折の法則に従って、より角度が付く方向に屈折します。図のような場合ですと、さらに上に向かって折れ曲がるのです。ところが、複屈折によって斜めに進むことになった光は、元の光と斜め分極による光とが合わさったものですから、外に出てしまえば分極の影響がなくなって、元の縦方向に振動する要素だけに戻ってしまいます。その結果、液晶層を抜けて来た光は上に曲がるのではなく、液晶層に入る前と同じようにまっすぐ進むことになるのです。ちょうど光の進路が上に平行移動したような感じですね。)
 このような状況ですから、元の光がいろいろな振動成分を持っている場合(要するに偏光ではない普通の光です)、そのうちの横成分はまっすぐ進むのに対して、縦成分は液晶の中を斜めに進むことになります。つまり元の光が、まっすぐ進む成分と斜めに進む成分の2つに、頭で考えるだけではなくて本当に分かれることになるわけです。このような性質の物質を通して見ると、向こう側の物が二重に見えます。この現象は方解石の結晶で有名ですから、見たことがある人も多いでしょう。
 次に、もう一つの性質、旋光性を見てみましょう。ここで注目されるのは、図8のように液晶分子が捩れた配置をとるケースです。このような配置は、互いに垂直方向にラビング処理した2枚の板の間にネマティック液晶を挟むことで作れます。ここに直線偏光を入れると、図8のように偏光の振動方向が回転して行くのです。

図8

図8 捩れ配置の液晶による偏光の回転


 このような偏光の回転、旋光性は、直線偏光を2つの円偏光に分けて考えることで説明できます。直線偏光は一方向にしか振動していないように見えますが、実は、振動方向がそれぞれ右回り、左回りに回転しながら螺旋状に進む円偏光を足し合わせたものになっている、とするのです。(直線偏光に分けたり円偏光に分けたりと、何かご都合主義のようにも見えますが、元々偏光は様々な成分を含んでいると考えられるものであり、その成分をいろいろ組み合わせることで、直線偏光のセットや円偏光のセットができる、というふうに考えてください)
 さて、図8の液晶分子は右回りに捩れています。ここに右回りの円偏光と左回りの円偏光が入ると、液晶分子と同じ方向に回転する右回りの円偏光の方が分子との相互作用が大きいので速度が遅くなり、螺旋が進行方向にギュッと圧縮されます。その結果、先の複屈折の場合と同じように、2つの円偏光の位相がズレるのです。初めは右回りの円偏光と左回りの円偏光はいつも真上と真下で出会っていましたから、それらを足し合わせた直線偏光もまっすぐ上下方向を向いていました。ところが液晶の中では右回りの螺旋が圧縮されていますから、左回りの円偏光が真上を向く場所では、右回りの円偏光は既に真上を行き過ぎています。つまり、真上よりも右よりの位置で既にすれ違っているのです。このようにして2つの円偏光が出会う位置が右回りにズレて行くことで、それらを足し合わせた直線偏光の振動方向も右回りに回転して行くことになります。
 偏光の回転は振動方向が液晶分子の向きに追い付くまで続きますが、追い越すことはありません。向きが一致した時点で、左右が異なる要素は何もなくなってしまうからです(図7(a)と同じ状況です)。そのため、液晶分子の捩れがあまり急激でない限りは、偏光の振動方向は常に液晶分子の向きに一致しながら回転を続けることになります。
 余談になりますが、このような旋光性が現れるのは、何も液晶に限ったことではありません。これまでに何度か出て来た光学異性体の場合は、分子自体が右回り、または左回りの構造を持っていますので、図8のような特別な配置にしなくても偏光を回転させます(この性質があるからこそ"光学"異性体と呼ばれるわけですから)。鏡の世界の話に書いているように、生物の体を作っている多くの物質がこの性質を持っているのです。また、複屈折にしても、液晶以外にこのような性質を持っている物質はいくらでもあります。そんな中で液晶が特別な存在である理由は、分子が液体のようにある程度自由に動けること、そしてラビング処理とか電場をかけるとかの人為的な操作で強制的に動かして性質をコントロールできることにあるのです。


液晶ディスプレイ

 液晶の形や性質をいろいろ書いて来ましたが、最後に応用の面で最も成功したもののひとつ、液晶ディスプレイについて見てみましょう。液晶の性質を実に見事に利用しています。
 一番初めに作られた液晶ディスプレイは、現在主流のものとはちょっと違った方式でした。図3(b)のように分子が垂直になった液晶を透明電極で上下から挟んだ構造で、普段は下から当てた光が液晶層を透過して来ます。これに電場をかけると、電流が流れることで液晶の配列が乱れ、あちこちに散乱されて光が抜けて来なくなるのです。ちょうど透明ガラスが曇りガラスになるようなものだと思えばよいでしょう。このような動作を「動的散乱モード(Dynamic Scattering Mode = DSM)」と呼んでいます。DSMでは電流が流れることが必要なので電力を食うとか、白黒のコントラストがあまりよくないとか、いろいろと問題はありましたが、とにかく世の中で初めて実用化された液晶ディスプレイはこの方式で、電卓の表示部に採用されました。1970年代初めのことです。
 液晶ディスプレイが大ブレイクするのは、TN(Twisted Nematic)という方式が開発されてからです。この方式は、図8のような捩れた配置のネマティック液晶が偏光の方向を回転させるという性質をうまく利用したもので、図9のようなパネル構造になっています。

図9

図9 TN液晶ディスプレイのしくみ


 液晶層は、互いに垂直方向にラビング処理された一組の配向膜に挟まれていますから、電圧をかけなければ図8と同じような捩れ配置を採ります。配向膜の外側には透明電極があり、一番外側に、互いに垂直になった偏光板が置かれています。下から入って来た光は偏光板を通って縦方向に振動する直線偏光となりますが、液晶層を通る間に90度回転させられて横方向に振動方向が変わります。横方向になった偏光は、同じく横方向を向いた上側の偏光板を通過しますので、上からのぞくと明るく見えることになります。ここで透明電極に電圧をかけてみましょう。すると電場の影響で液晶分子は垂直になりますから、偏光を回転させる能力がなくなります。こうなると縦方向の偏光はそのままの状態で液晶層を通過して来ますので、上側の偏光板を通り抜けることができず、上からは暗く見えることになります。液晶というのは、このように電圧をON/OFFすることで光の遮断/透過を切り替えるシャッターの働きをするのです。ただし、これだけでは白黒表示しかできませんから、カラー用のパネルでは図のように電極の外側にカラーフィルターを入れて、赤、緑、青の3原色を表示できるようにしてあります。このTN方式はDSM方式と違って液晶層を電流が流れるわけではありませんから消費電力が少なく、明暗のコントラストもよいので、その後の主流になりました。
 実際のディスプレイでは、パネル全面がいっしょにON/OFFしたのでは困りますから、狙った場所だけ、狙ったタイミングでON/OFFできるように、電極の部分に細工がしてあります。例えば、上の電極を縦方向のストライプ状に、下の電極を横方向のストライプ状にして、選んだストライプの交点だけに十分な電圧がかかるようにしたり、電極を縦横に細かく分割してそれぞれにスイッチを付けたり、という方法が採られています。また、TN以外にもいろいろと改良された方式が出て来ていますが、これらの話を始めると長くなりますから、それはまた別の稿にしましょう。



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